うきよのおはなし~江戸文学紹介ブログ~

江戸文学に少しでも興味を持つ方が増えれば良いなと。

そろりころり その2

『鹿の巻筆』が最初に刊行されてから七年ほど経った、元禄六(一六九三)年四月のことです。

 

江戸の町に物騒なが流れました。

 

なんでも、とある所のが突然、人の言葉で次のようなことを話したというのです。

 

ソロリコロリという悪い病気が流行するヒヒン。

 

この病気になるのを防ぐには、南天の実梅干の種を煎じて飲めばいいパカパカ」

 

はい、ここでやっと今回タイトルにした「ソロリコロリ」が出ました!

 

ソロリコロリがどんな病気なのかはわからないのですが、たぶん、最初はソロリと「風邪かな?」程度だったのが、急変して「コロリ」と逝ってしまう病気なのでしょう。

 

江戸の町はこの噂のせいで大パニックです!

 

みんなが南天の実(南天の実ってどんなんでしたっけ?のど飴に使うやつですよね?)と梅干を買い求めるので価格が高騰!

 

ソロリコロリを除ける方法が書かれた書物も出版されました!

 

さすがにこれを放っておくことはできないので、町奉行はこのを流した犯人を捜索します。

 

そして、犯人八百屋の惣右衛門浪人の筑紫園右門ということがわかり、元禄七(一六九四)年三月浪人市中引き廻しの上斬首八百屋流罪になって牢死したのでした。。。

 

どうも、南天の実梅干を高く売ったり、病気除けの本を売ったりして儲けようとしたようです。

 

え?それが今回の話とどう関係があるのかって?

 

実は二人は、この『鹿の巻筆』巻三の三「堺町馬の顔見世」にヒントを得てこのを思いついたというのです。

 

まあ、この話では馬が人の言葉を話すんじゃなくて、人が馬になって鳴いたんですけどね(笑)

 

あくまでも、ヒントを得たということで。

 

『鹿の巻筆』は、この頃もまだ人気で刊行され続けていたようです。

 

そして、なぜだか、この件には直接なんの関係もない、作者の鹿野武左衛門伊豆大島に流罪になって、『鹿の巻筆』の版木も焼却処分となりました。。。

 

ザ・とばっちり。。。

 

鹿野武左衛門はその後、刑期を終えて元禄十二(一六九九)年四月江戸に帰ってきますが、心労のためか、同年八月五十一歳で亡くなりました。

 

ちなみに、『鹿の巻筆』は、正徳六(一七一六)年に何事もなかったかのように再版されています。。。

 

人のも二十数年ってことですかね。。。


おしまい 【参考文献『岩波古典文学大系 江戸笑話集』】

 


あ、あと一回だけ続きます。

 

そうです、私のイラストがまだです!

 

忘れてはいけません、このブログはイラストブログなのです(笑)


※前は他のところでこのブログをやっていたのですが、私には合わなかったのでこちらに引っ越してきました。しばらくは過去記事の公開となります。

オリジナル公開日:170418

 

『鹿の巻筆』は早稲田大学図書館のホームページでご覧になれます。

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