というわけで、今回は手抜き更新で、以前に取り上げた『鹿の巻筆』巻3の3「堺町馬の顔見世」を読み直してみようと思います。
『鹿の巻筆』は、いわゆる小噺(こばなし)や笑い話を集めた本です。
作者の鹿野武左衛門は、落語の始祖の一人として数えられたりもします。
鹿野武左衛門作『鹿の巻筆』貞享3[1686]年2月刊
※この記事では、霞亭文庫の画像を適宜改変して使用しております。
霞亭文庫書誌詳細
※画像はクリックすると拡大します。
【原文】
「堺町、馬の顔見世《かほみせ》」
市村芝居へ去る霜月より出る、斎藤甚五兵衛と云ふ役者、前方《まえかた》ハ米河岸《こめがし》にて刻ミ煙草《たばこ》売りなり。
とつと軽口、器量も良き男なれば、「とかく役者良かるべし」と、人も言ふ。
我も思ふなれば、竹之丞大夫元へ伝《つて》を頼ミ出けり。
明日より顔見世に出ると言ふて米河岸の若き者共に頼ミ申しけるハ、
「初めてなるに、何卒《なにとぞ》花を出してくだされかし」
と、頼ミける。
目を掛けし人々、二、三十人言ひ合わせて、蒸籠《せいろう》四十、また壱間の台に唐辛子《とうがらし》を積ミて、上に三尺程なる作り物ゝ蛸《たこ》乗せ、「甚五兵衛殿へ」と貼り紙して芝居の前に積ミけるぞ夥《おびたゞ》し。
甚五兵衛大きに喜び、
「さて/\、おそらくは伊藤庄大夫と私《わたくし》、花が一番なり。
とてもの事に見物に御出《おいで》」
と申しけれバ、大勢見物に参りける。
されども、初めての役者なれバ、人らしき芸はならず、切狂言《きりきやうげん)の馬になりて、それも頭《かしら》は働くなれば、尻の方になり、彼《か》の馬出るより此《こ)の馬が甚五兵衛と言う程に、芝居一統に、「いよ、馬様/\」と暫《しばら》く鳴りも静まらず褒《ほ》めけり。
甚五兵衛すご/゛\ともならじ思ひ、「いゝん/\」と云ひながら舞台中《ぶたいうち)を跳ね回つた。
【さっくり現代語訳】
「堺町、馬の顔見世(かおみせ)」の巻
市村座の芝居にこの十一月から出ている斎藤甚五兵衛という役者は、前職は米河岸(こめがし)で刻み煙草売りをしていました。
口が達者でハンサムボーイだったので、「絶対、役者にでもなった方がいいよ!」とみんなに言われました。
自分でもまんざらでもなかったので、市村座の親方の竹之丞太夫の所にコネを使って頼み、芝居に出ることになったのです。
いよいよ明日から顔見世興行に出るというので、甚五兵衛は米河岸の若い衆に、
「初舞台なので、どうか花[ご祝儀]を出してくださいませ。」
と頼みました。
甚五兵衛に目をかけていた二、三十人が相談して、蒸籠(せいろ)四十段と、一間(約1.8メートル)もある大きな台にトウガラシを積んで、上に三尺(約90センチ)もある作り物のタコを乗せて、「甚五兵衛殿へ」と貼り紙をして、芝居小屋の前に仰々しく積んだのでした。
甚五兵衛はとても喜び、
「おそらく伊藤庄太夫[当時の人気役者]と私が一番花をいただいたでしょう。
この際、芝居も見物して行ってくだされ。」
と言うので、米河岸の知り合いが大勢芝居見物に訪れたのでした。
ですが、甚五兵衛は新人役者ですので、人並みの役は与えられるはずもなく、切狂言(きりきょうげん)[最後の演目]の馬役を与えられました。
しかも、頭の方[上半身]は色々と芝居をしなければならないので、尻の方[下半身]の役です。
さて、この馬が登場すると、甚五兵衛が尻を演じているのを知っているので、米河岸の客が一斉に「いよ!馬様!馬様!」とずっと大声援を送ります。
甚五兵衛も「これに応えずにはおられるか」と思い、「ひひ~ん!ひひ~ん!」と鳴きながら舞台中を跳ね回ったのでした。
【解説】
当時の歌舞伎役者の契約期間は、十一月から翌年の十月までが1シーズンでした。
十一月の舞台は、メンバーの入れ替えなどがあって新たなシーズンのお披露目の興行になります。
つまりタイトルにある「顔見世(かおみせ)」とはこの興行のことを言います。
「堺町」は江戸の芝居小屋があった地域です。
「米河岸(こめがし)」は米問屋とかが集まっていた場所です。
この頃は、米も船で運ばれていたので、河岸にあったというわけです。
トウガラシとタコは、赤がおめでたい色だからセレクトされたのでしょう。
今回は尻は尻でも馬の尻ですが、このお話のオチは分かりました?
馬の尻が鳴くはずがないのに、鳴いちゃったってことです(笑)
町の人気者がおだてられて役者デビューをしたものの調子に乗って大失態を犯したというお話です。
はたして、甚五兵衛は強心臓と米河岸の支援を受けて大役者に成長したのか、このまま干されてしまったのか?
残念ながら、斎藤五兵衛って似た名前の役者の存在は確認できたのですが、斎藤甚五兵衛という役者の実在は確認できませんでした。
で、数年後にこの作品が巻き込まれた大事件に関しては、こちらの記事をご参照ください。kihiminhamame.hatenablog.com
挿絵
書かれている文字は、右から、
米かしきやくしう[米河岸客衆]
馬のかをミせ[馬の顔見世]
市川団十良[市川団十郎]
です。
ここに描かれている市川団十郎は初代で、数年後に舞台上で刺殺されてしまいました。
三つ目コーナー
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