玉水物語 2巻 | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
※この記事では、京都大学貴重資料デジタルアーカイブの画像を、適宜改変して使用しています。
【原文】
かるらん。少しも良き様ならバ、早く帰り給ふべし。
こなたの徒然《つれ/゛\》思ひやり給へ。
搔き暗す心地なんす」
と書ゝせ給ひて、
「年を経《ふ》る葉ゝ[母]《はゝ》その風に誘ハれバ残る梢[子末]《こずゑ》は如何《いか》に成りなん」
と遊ばしたるを、此の母、少しの間心良く見奉りて、
「忝《かたじけな》くも、仰せられたるかな。
御宮仕へならずバ、如何で世に有る者とも知られ奉らん。
兎にも角にも有り難し。
身より出たる子供よりも愚[疎]《おろ》か無く思ひ奉るぞ」
と喜びけり。
月冴へも細々《こま/゛\》と書きて、
「初花の 蕾[窄]《つぼ》める色の 苦しさに 如何に木の葉 色を見聞くに」
と、斯《か》ゝる事を見聞くに付けても、思ひの色は晴れやらず。
御帰りは、
「忝き御哀れミ、申し尽し難ふ、筆にも及び難ふ侍へる也。
心に掛ゝらぬ折無く、参らま欲しう侍れども、見捨て難くてなん。
少しも宜《よろし》しげならバ、参りて萬《よろづ》自《みづか》らこそ申し侍らめ」
とて、
「散りぬべき 老い木の花の 風吹けバ 残る梢も あらじ[嵐]とぞ思う」
月冴へにも同じく書きて、
「影頼む 朽ち木の桜 朽ち果てバ 蕾[窄]める花の 色も残らじ」
など書きて参らせけり。
【予習の答え】
すこしもよき様ならハ早く帰給ふへしこなたの
つれ/\思ひやり給へ
【さっくり現代語訳】
「母上のご病気が心配でしょうが、少しでも具合が良いようでしたら、早くお帰り下さいませ。
私の寂しさをどうぞ思いやってください。
あなたがいないので、心が暗く沈んでおります」
と姫君はお書きになり、
「枯れた葉は風に吹かれて散ってしまうものですが、残された枝先の花はどうなってしまうのでしょうか」
[母が亡くなってしまったら、残された子供はこの先どうすれば良いのでしょうか]
とお詠みになりました。
養母はこの手紙を見て、少しの間気分が良くなり、
「このようなことをおっしゃっていただいて、なんともおそれ多いことです。
もし高柳様のお屋敷にお仕えしていなければ、私が亡くなった後、あなたはどこでどうなるかわからない所でした。
本当にありがたいことです。
私は自分で産んだ子供より、あなたのことが気がかりなのです」
と喜びました。
月冴えも色々書いて寄こし、
「咲き始めの花のツボミが苦しそうな色をしているので、木の葉もさぞかし気掛かりでしょう」
[自分のせいで苦しんでいる子のことが、母は心配で仕方ないことでしょう]
と詠みました。
しかし、姫君と月冴えからの手紙や、養母の喜びを見ても、玉水の気分は晴れないのでした。
玉水は、姫君へのお返事に、
「あまりにも深い情けをかけていただいたので、お伝えする言葉も浮かばず、筆にも書くことができません。
姫君のことを考え申さない時はございませんで、お屋敷に参上したくて仕方がないのですが、どうしても母のことを見捨てることができないのです。
母の体調が少しでも良くなりましたら、お屋敷に参上してご報告申し上げます」
と書いて、
「今にも倒れそうな老木に風が吹けば、残された枝先の花も散ってしまうでしょう」
[余命いくばくもない母が亡くなったら、子も運命を共にするのでしょう]
と詠みました。
月冴えにも同じように返事を書いて、
「頼りにしていた桜の木が朽ち果ててしまったら、花もツボミのまま色あせてしまうでしょう」
[頼りにしていた母が亡くなったら、子の未来も無くなってしまうでしょう]
などと詠んでお屋敷にお送りしたのでした。
【解説】
また、和歌が出てたので、知恵熱が出ましたよ!
要は木および木の葉を母、枝先の花を子に、つまり、養母と玉水に例えて詠んでいるわけですね。
というか、久々なので、月冴(さ)えが誰かみんな忘れていないかが心配です。
[月冴えは姫君の乳母の子で、玉水とともに姫君に仕えています]
玉水が姫君に大切に思われているのが分かったので、養母も心置きなくあの世に行けるというわけですね。
あ、まだ亡くなると決まったわけではありませんが、死亡フラグが立ってしまってるような。。。
次回の予習
新たなキャラの登場のようです。
三つ目コーナー
「和歌」といえば、ここには「輪っか」のキャラクターがいたよね?
いたいた、確か「輪香奈(わかな)」って名前だった!
あのお、一つ目のこともお忘れなく。。。
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