※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しています。
和文教科書. 7之巻 宇治拾遺物語ぬきほ - 国立国会図書館デジタルコレクション
【原文】
りて、此の女を呼びければ、出で来にけり。
旅人、問ふ様《やう》は、
「此の親は、もし、易の占ひと言ふ事や、せられし」
と問へば、
「いさ、さや侍りけん。其のし給ふ、様《やう》なる事は、し給ひき」
と、言へば、
「さるなる」
と言ひて、
「さても、何事にて、千両金負ひたる、其の辨《わきま》へせよとは、言ふぞ」
と問へば、
「己《おのれ》が親の、失《う》せ侍りし折に、世の中に在《あ》るべき程の、物など、得させ置きて、申しし様《やう》、
『今なん十年有りて、その月に、此処《こゝ》に、旅人来て、宿らんとす。其の人は、我が金を、千両負ひたる人なり。それに、其の金を請ひて、堪へ難からん、折は、賣りて、過ぎよ』
と、申しゝかば、今までは、親の、得させて、侍りし物を、少しづゝも、賣り使ひて、今年となりては、賣るべき物も、侍らぬまゝに、何時《いつ》しか、我が親の、言ひし月日の、疾《と》く来かしと、待ち侍りつるに、今日に当たりて、在《あら》[おは?]して、宿り給へれば、金を負ひ給へる、人なりと、思ひて、申すなり」
と言へば、
「金の事は、真《まこと》なり。さる事あるらん」
とて、女を片隅に引きて行きて、人にも知らせで、柱を叩かすれば、空《うつぼ》なる聲の、する所を、
「くは、これが、中に、宣《のたま》ふ金は、有るぞ、開けて少しづゝ
※「その」は、人を指して、云へるなり。「そこ」と言ふが如《ごと》し。
※「さるなる」の下には、「べし」と言ふ語無くては、聞こえず。落ちたるならんか。
※「くは」ハ、「こは」と言ふに同じ。
【現代語訳】
しばらくしてから、この家に住む女性を呼ぶと、女性は出てきました。
旅人が、
「あなたの親御さんは、ひょっとしたら、易の占いという事をなさっていませんでしたか?」
と聞くと、女性は、
「さあ、そうかもしれません。あなたが今なさっていた、箸《はし》のようなものをジャラジャラさせるようなことは、私の親もしていました」
と言いました。
すると旅人は、
「そうでしょうなあ」
と言い、
「それにても、どうして、私に『貸した千両の金を返済をしろ』などと言うのですか?」
と聞くと、女性は、
「私の親が亡くなる時、これからしばらく生活ができるぐらいの物などを私に与えてから、次のように言いました。
『今から十年後の〇月に、ここに旅人が来て、「泊めてくれ」と言う。
その人は私が金を千両貸した人だ。
その人に返済の請求をしなさい。
それまでに生活が苦しくなったら、私が与えた物を売って凌《しの》ぎなさい』
なので、これまで親が与えてくれた物を少しずつ売って生活していました。
しかし、とうとう、今年になって売る物も無くなってしまったので、
『「旅人が来る」と、かつて、私の親が言った日が、早く来ないかしらん』
と待っていました所、ついに今日、その日になり、ちょうどあなた様がいらっしゃって、お泊りになったので、貸した金を返してくださる方だと思って、そう言ったのです」
と言いました。
旅人は、
「金の事は本当です。そんな事だろうと思いました」
と言って、女を部屋の片隅に引っ張って連れて行き、誰にも知られないように柱を叩かせると、空洞の音がする所がありました。
旅人は、
「さあ、この中に、あなたがおっしゃっていた金があります。開けて少しずつ
【解説】
女性が「貸した千両を返して!」などと、旅人にとっては身に覚えがない事を言ったのは、親の遺言だったようです。
何も知らない様子の旅人の反応に、当然お金を返しに来たと思った女性は、逆に驚いたかもしれませんね。
旅人は易の占いをしてそれを見抜いたようです。
実際には旅人はお金を借りたわけではなく、家の中に隠してあったようですが、その真相は次回、明らかになります。
三つ目コーナー
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