『宗祇諸国物語』(西村市郎右衛門作か、貞享二[一六八五]刊)巻五-五
※国文学研究資料館所蔵 (CC BY-SA)
新日本古典籍総合データベース
【原文】
或る暁《あかつき》、便事《べんじ》の為《ため》、枕に近き遣戸《やりど》押《お》し開け、東の方を見出《みい》でたれバ、一反計り向かふの竹藪《たけやぶ》の北の端《はし》に、怪《あや》しの女一人立てり。
背《せい》の高さ壱丈もや有らん。
顔より肌《はだへ》透き通る計り白きに、白き単衣《ひとへ》の物を着《き》たり。
其の絹、未《いま》だ此の国に見慣れず、細かに艶やか也。
糸筋《いとすじ》赫奕《かくやく》と辺りを照《て》らし、身を明《あき》らかに見す。
容貌《ようばう》の端厳《たんごん》なる様《さま》、王母《わうぼ》が桃林《とうりん》にま見え、かぐや姫の竹に遊びけん、斯《か》くや有らん。
面色《めんしよく》によつて年の程を窺《うかゞ》はば、二十歳《はたとせ》に足らじと見ゆるに、髪《かミ》の真白《ましろ》に四手《しで》を切り掛けたる様《やう》なるぞ、異《ことやう》 様なる。
「如何《いか》なる者ぞ、名を問はん」と近づき寄《よ》れバ、皮《か》の女、静《しづ》かに薗生《そのう》に歩《あゆ》む
「如何にする事にや、見届《みとゞ》けて」と思ふ程に、姿《すがた》ハ消《き》えて無く成りぬ。
余光《よくわう》、暫《しバ》し辺りを照《て》らして、又暗く成りし此の後、終《つゐ》に見えず。
明《あ》けて此の事を人に語りけれバ、
「夫《そ》れハ雪の精《せい》、俗《ぞく》に雪女《ゆきおんな》と言ふ者なるべし。
斯《か》ゝる大雪の年ハ稀《まれ》に現《あらハ》ると言ひ傳《つた》へ侍れど、當時《とうじ》、目《ま》の当たりに見たる人も無し。
不思議の事に逢ひ給ふかな」
と言はれし。
予《よ》、不審《ふしん》を為《な》す。
「誠《まこと》、雪の精《せい》ならバ、深雪《しんせつ》の時こそ出づべけれ。
半ば消《き》え失《う》せて、春に及びて出づる事、雪女とも言ふべからず」
と言へバ、答へて、
「去《さ》る事なれど、散らんとて花は麗《うるは》しく咲《さ》き、落ちんとて紅葉《こうよう》する。
燈《ともしび》の消えん時、光《ひかり》、弥増《いやま》すが如し」
と言はれし。
左《さ》もあらんか。
【現代語訳】
ある明け方、用を足すために、枕に近い所の引き戸を勢いよく開け、東の方を見てみると、一反[約10メートル]ぐらい向こうの竹藪の北の端に、怪しい女が一人立っていました。
背の高さは一丈[約3メートル]はあるでしょうか。
顔を始めとして肌は透き通るほど白く、白い着物を着ていました。
その着物の絹は、まだこの国では見慣れないもので、きめ細やかでツヤツヤしていました。
絹の糸筋が光り輝いてあたりを照らし、その女の姿をはっきりと見せました。
整った顔つきで威厳がある様子は、仙女の西王母《せいおうぼ》に桃園でお目にかかった時や、かぐや姫を竹の中で見つけた時も、こんな感じだったんだろうと思わせます。
見た目から年齢を推測すると、まだ二十歳にもなっていないように見えるのに、四手《しで》[玉串や御幣《ごへい》や注連縄《しめなわ》などに垂らしてつける紙]を頭に乗せたように髪は真っ白で、普通とは違う変わった容姿です。
「何者だ、名前を聞かせよ」と言って近寄ると、その女は静かに庭の方に歩いてきました。
「何をするのか、確かめてやろう」と思っていると、女の姿は消えてなくなりました。
残った光がしばらくあたりを照らしていましたが、また暗くなり、その後はとうとう何も見えなくなりました。
夜が明けてから、この事を知人に話したところ、
「それは雪の精、俗に言う雪女という者でしょう。
このような大雪の年に、稀《まれ》に現れると言い伝えられてはいるが、今の時代に実際に見た人は聞いた事がない。
不思議な経験をされましたなあ」
と言われました。
私は納得できず、
「本当に雪の精ならば、一番雪深い時に出るはずだ。
かなり雪が溶けて、春になりそうな時に出る者を、雪女とは言うべきではない」
と言うと、知人は答えて、
「そう思うのもわかるが、花は散り際に一番美しく咲き、葉は落ちる前に紅葉し、灯火は消えんとする時に一番光が強くなるのと同じように、雪女は雪が無くなりそうな時に出るのではないか」
と言いました。
私は、「なるほど、そういうものかもしれない」と思ったのでした。
おしまい
【解説】
正直、怖くもなんともなくて面白みもない、ただ、巨大な女を見たというだけのお話です。
(挿絵)
それにしても、こんな巨女を目の前にしても、全くビビらずに正体を確かめようとする宗祇ってヾ(๑╹◡╹)ノ"
西王母は前に紹介した『桃太郎』にも出てきましたね。
kihiminhamame.hatenablog.com
今はあまり聞かない名前ですが、当時はメジャーだったようです。
で、かぐや姫は、江戸時代には『竹取物語』の出版もされており、今も昔もずっとメジャーな存在のようです。
この作品の舞台は越後、小泉八雲の雪女は武蔵、双六の雪女郎は中河内、書物としての記録はほとんどないのですが、おそらく雪女の伝承自体は各地にあったのでしょうね。
かぐや姫は、今回は取り上げないみたいだけど、代わりにこれを聴いておけばいいと思うんだ! しゃ~らら~ヾ(๑╹◡╹)ノ"
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