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[38]一方、志賀内蔵之助は、、、 ~『男色義理物語』~

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 【前回のあらすじ】 介錯の刑部左衛門は采女の訴えで翻意し、後追いを止めるのをやめ、頼母と采女は腹を切り、刺し違えて亡くなったのでした

 

 【初めての方へ】 原典の画像だけでなく、スクロールすると、ちゃんと活字の原文(可能な限り漢字に直し、送り仮名と振り仮名を補足しています)と現代語訳と解説がありますよヾ(๑╹◡╹)ノ"

 スマホでご覧の方へ】 諸事情により、PC版と同じデザインになっています。なるべくスマホでも読みやすいようにはしているのですが、もし、字が小さいと感じた場合は、スマホを横にして拡大すると読みやすいと思います。


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霞亭文庫 · 男色義理物語 · 東京大学学術資産等アーカイブズ共用サーバ
男色義理物語 : 4巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション
※赤字の書入れ等は筆者。

 

【原文】【現代語訳】

 十六、十八を一期《いちご》として、何処《いづく》の嵐が誘ひけん、匂ひも敢《あ》へぬ花の姿[『古今和歌集』446、紀利貞の歌より]、朝草の草葉の露と消へ失せぬ。
 頼母十六歳、采女十八歳で一生を終え、どこから吹いてきた嵐が誘ったのでしょうか、まだ香りを放ちきらないうちに散ってしまった花(頼母と采女)は、浅草の草葉の露のように消え失せてしまいました。

 付き纏《まと》ひし家の子供ハ、伊勢の海に舟流したる心して[『古今和歌集』1006、伊勢の歌より]、遣《や》る方も無く悲しければ、皆、慶養寺《けいやうじ》にて髻《もとゞり》切り、主《しう》の菩提《ぼだい》を弔《とぶら》ひける。
 頼母の従者である子供たちは、伊勢の海人《あま》が舟を流してしまったような心地がして、どうしようもなく悲しかったので、全員、慶養寺でマゲを切って、主人(頼母)の冥福を祈りました。

 然《さ》れバ、今に至る迄、朝草に到り、慶養寺に二人の塚《つか》を築《つ》き、並びに治世〈辞世〉の短冊共を位牌《いはい》の面《おもて》に押し付けて、其の名を吾妻《あづま》の空に高く上ぐるとなん。
 そういうわけで、今でも、浅草の慶養寺では、二人の墓を作り、辞世の句を書いた短冊などを位牌の表に貼り付けて、頼母と采女の名を江戸の空に高く轟《とどろ》かせるのでした。

 扨《さて》、彼の志賀内蔵之助ハ、中立《なかだ》ちと言ひ、況《ま》して采女と深く契りし中なれバ、追い付きて腹をも切らんに、中/\其の様《さま》も見へず、
 さて、例の志賀内蔵之助は、二人の仲立ちであっただけでなく、采女と深く契った仲であったので、追い付いて腹を切るべきなのに、なかなかその様子を見せませんでした。

 剰《あまつさ》へ「花よ紅葉《もみぢ》よ」と戯《たはぶ》れければ、若き人/゛\いといとふ憎み罵《のゝし》りて、後には打ち付けて、
 そればかりか、「花よ、紅葉よ」と遊興していたので、若い人々はたいそう憎み罵《ののし》って、そのうち遠慮なく、

「如何《いか》なれバ遅くも思い立ち給ふ物かな、只《たゞ》死ね/\」
「どうしてさっさと決意されないのですが、とっとと死ね!」

 と苦《にが》/゛\しく嘲《あざけ》り聞こえけれども、命は惜しき物なめり、其の心付き無かりけり。
 と、顔をしかめてバカにしましたが、命は惜しいもので、内蔵之助は追い腹を切るつもりはありませんでした。

 扨も今日《けふ》は花童院《くハどういん》又采女が一七日〈七日〉に当たりぬ。
 さて、今日は花童院《かどういん》(頼母)と采女の初七日にあたります。

「誠に夢現《ゆめうつゝ》徒世《あだしよ》なりと言ひながら、是は中/\短き夢の今定むる様《やう》になん」
「実におぼろげで無常の世の中と言いますが、これはなんだか短い夢が今、現実と分かったようで」

 とて、皆/\涙を流して、慶養寺にて、聞こえも美々《びゝ》しく、仏の道を沙汰《さた》して、影の前の弔《とぶら》ひ、墓には三十一文字《みそひともじ》を「我劣らじ」と詠みて手向《たむ》けける。
 と言って、皆、涙を流し、慶養寺で華やかに法要を行い、故人を弔《とむら》いました。
 墓前では、短歌を「我先に」と詠んで捧げました。

※『男色義理物語』は、誤字がとても多いので、明らかな誤字は〈〉で修正してます。


 【解説】

 頼母と采女の死で騒動は一段落したのですが、二人の仲立ちをして采女の元恋人であったにもかかわらず、のほほんと過ごしていた内蔵之助に、みんなの怒りの矛先が向いてしまいます。
 死ね死ね圧力がかかるものの、内蔵之助は全く死ぬ気は無いようで。。。

  ちなみに、頼母の戒名なのですが、『男色義理物語』では「花童院見雪両空居士」となっていますが、オリジナルの『藻屑物語』『雨夜物語』では「花童院玄雪良空居士」「花童院劔切灵空居士」「花童院殿劔切了空居士」と、使用している漢字は異なりますが、ほぼ同じ戒名が書かれています。
 釆女の戒名は、『男色義理物語』にも『藻屑物語』『雨夜物語』にも書かれていません。
 実際はどうだったのかというと、実は、明治時代に慶養寺から出された『藻屑物語』の活字本(『毛九津物語』)の序文に、当時、慶養寺に残されていた『日牌回向簿』関東大震災で焼失]に書かれていた、二人の戒名が引用されています。
「花童院劔功利空居士 伊丹右京(深見頼母)行年十六歳
 斷燈院智光靈劔居士 舟川采女(三好采女行年十八歳」
 実際に起きた事件なので、ちゃんと二人が実在していた記録があるのです。


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 うわあん、アンチからさっさと切腹しろって言われたよヾ(๑╹◡╹)ノ"
※実際はアンチがいるほど有名じゃありませんw


 切腹はしなくていいから、ワシに金を出させてばかりいないで、たまには自腹を切れ!ヾ(๑╹◡╹)ノ"


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