吉三郎は、お七の後を追って死のうとしますが、止められてしまいます。




『好色五人女』巻四「恋草からげし八百屋物語」[貞享三(1686)年刊、井原西鶴作]
好色五人女 5巻 [4] - 国立国会図書館デジタルコレクション
【原文】【現代語訳】
是非《ぜひ》無く常《つね》なる部屋に入りて、人〻に語《かた》りしハ、
どうしようもないので、吉三郎は自分の部屋に籠って、人々に、
「然《さ》ても/\、我が身ながら、世上《せじやう》の誹《そし》りも無念《むねん》なり。「それにしても、自分がやらかしたことですが、世間でディスられるのは悔しくて仕方ありません。
若衆を立てし身の、由無《よしな》き人の憂《う》き情《なさ》けに黙《もだ》し難《がた》くて、
まだ兄分を持つ若衆の立場で、良くないこととは分かっていながら、その人(お七)の辛《つら》いほど私を恋い慕う気持ちを断り切れずに、受け入れてしまいました。
剰《あまさ》へ其の人の難儀《なんぎ》、此の身の悲しさ、
そればかりか、その人(お七)の命を奪うことにもなってしまうとは、そんな自分の身が悲しくて悲しくて。
衆道《しゆだう》の神も佛《ほとけ》も我を見捨《ミす》て給ひし」
衆道(男色)の神仏も、私を見捨てになられたことでしょう」
と感涙《かんるい》を流し、
と語り、感極まって、涙を流しました。そして、
「殊更《ことさら》兄分《あにぶん》の人 帰《かへ》られての首尾《しゅび》、身《ミ》の立《た》つべきに有らず。
「特に兄分が帰られてからの対応を考えると、どんな顔をしてお会いすればよいかわかりません。
其れより内に㝡後《さいご》急《いそ》ぎたし。
兄分が帰られるまでに、急いで最期を遂げたいのです。
然《さ》れ共、舌《した》喰《く》ひ切《き》り、首絞《くびし》めるなど、世の聞こへも手緩《てぬる》し。
しかしながら、舌を噛み切ったり、首を括《くく》ったりなどしては、世間の人々は、『そんなユルい方法で命を絶つなんて』、などと言ってバカにする事でしょう。
情《なさ》けに一腰《ひとこし》貸し給へ。
どうか、最後の情けに刀を一本、お貸しくだされ。
何《なに》永《なが》らへて甲斐《かい》なし」
これ以上、生きながらえても意味がありません」
と、泪《なミだ》に語るにぞ、座中袖を絞《しぼ》りて深く哀《あハ》れミける。
と、さらに涙ながらに語りました。
その場にいた人々は、涙で濡れた袖を絞って、深く哀れんだのでした。
此の事お七 親《おや》より聞きつけて、
このことをお七の親が聞きつけて、
「御歎《おなげ》き尤《もつと》もとハ存《ぞん》じながら、㝡後の時分《じぶん》、呉《くれ》/゛\申し置《を》きけるハ、
「お嘆きはもっともとは存じますが、お七が最後の時に、『吉三郎殿にくれぐれも』と、
『吉三良殿、真《まこと》の情けならバ、浮世 捨《す》てさせ給ひ、如何《いか》なる出家《しゆつけ》にも成《な》り給ひて、斯《か》くなり行《ゆ》く跡《あと》を問《と》ハせ給ひなバ、
『吉三郎殿に真実の愛がおありならば、浮世をお捨てになって、どういう形でも良いので出家されて、こうして命を失っていく私の亡き跡を弔ってください。
如何《いか》バかり忘《わす》れ置《を》くまじき。
二世《にせ》迄《まで》の緣《ゑん》は朽《く》ちまじ』
そうしていただけたら、決して吉三郎殿のことを忘れることはなく、来世までも私たちの縁は続くことになるでしょう』
と、申し置きし」
と、言い残しました」
と、様〻《さま/゛\》申せ共、
などと、色々と吉三郎を説得しました。
中/\吉三良 聞《き》ゝ分《わ》けず、愈《いよ》/\思ひ極《きハ》めて、舌《した》喰《く》ひ切《き》る色目《いろめ》の時、母親《はゝおや》耳《ミゝ》近く寄《よ》りて、暫《しば》し小語《さゝや》き申されしハ、何事にか有《あ》る哉《や》らん。
しかし、吉三郎はなかなか聞き入れず、ついに覚悟を決めたようで、舌を噛み切る気配が見えた時、お七の母親は、吉三郎の耳の近くに寄って、しばらく囁《ささや》いたのですが、はてさて何を言ったのでしょうか?
吉三郎 頷《うなづ》きて、「兔《と》も角《かく》も」と言へり。
吉三郎はうなずいて、「あ、はい、まあ、そういうことで」と言って、命を絶つことを思い留まりました。
其の後《のち》、兄分《あにぶん》の人も立ち帰《かへ》り、至極《しごく》の異見《いけん》申し尽《つ》くして、出家《しゆつけ》と成りぬ。
その後、吉三郎の兄分の人も帰ってきて、もっともな意見をしっかり言ったので、吉三郎は出家することになりました。
此の前髪《まへがミ》の散る哀れ、坊主《ぼうず》も剃刀《かミそり》投げ捨《す》て、
吉三郎の前髪が散るのが哀れで、剃髪した坊主もカミソリを投げ捨てました。
盛《さか》りなる花に時《とき》の間《ま》の嵐の如く、
まるで盛りの花を一瞬で嵐が散らしたかのようです。
思ひ比ぶれバ、命《いのち》ハ有りながら、お七 最期《さいご》よりハ猶《なを》哀《あハ》れなり。
二人を比べてみると、命はあるものの、お七の最期より、吉三郎の出家の方がずっと哀れです。
古今の美僧《びそう》、是を惜しまぬハ無し。
これまでに見たことも無いような美しい僧になった吉三郎を見て、惜しまない者はいませんでした。
惣《そう》じて恋の出家《しゅつけ》、真《まこと》有り。
恋が原因で出家した者にはすべて、真の心があると言います。
吉三良兄分なる人も、古里《ふるさと》松前に帰り、墨染《すみぞめ》の袖《そで》とハ成りけるとや。
吉三郎の兄分も故郷の松前に帰り、墨染の衣をまとって僧となったそうです。
扨《さて》も/\取り集《あつ》めたる恋や、哀《あハ》れや。
それにしても、色々と入り乱れた恋でしたが、哀れなものです。
無常《むじやう》也、夢《ゆめ》なり、現《うつゝ》なり。
これが、無常であり、夢でもあり、現実でもあるのです。
【解説】
あれだけお七恋しさで病に伏していた吉三郎ですが、正気に戻ったのでしょう、一転してお七との恋を後悔します。
兄分がいる若衆が女性と交わるなどということは、決してあってはならないことでした。
兄分に対して顔向けができない吉三郎は、お七の遺言など全く耳に入りません。
お七は「吉三郎殿」と言ってるのに、吉三郎はお七の名前を出さずに「人」としか言ってないところに、二人の温度差を感じます。
もう死を選ぶしかないと思われたその時、お七の母親が何事か囁いて、吉三郎はあっさりと死を思い留まります。
兄分の説得もあり、結果としてお七の遺言通り、吉三郎は出家することになったのでした。
結局、この物語の最後は吉三郎の哀れさが嘆かれるばかりで、お七さんの存在はすっかり影に隠れて終わってしまいましたね。
死んだお七より、出家した吉三郎の方が哀れなんですって。
なんか、モヤモヤしまくりなのですが、これは次の巻が男色の話から始まる事と関連していると言われています。
それより、今回、「恋草からげし八百屋物語」をしっかり読み直してみようと思ったのは、お七の母親が吉三郎に囁いた言葉が何だったかの謎を解き明かしたかったからです。
それと、お七が実在したのかも疑問だったので、近年の八百屋お七研究をふまえながら、次回から検証してみたいと思います。
このために、ちゃんと、論文、いっぱい読んだんだよ、褒めて!ヾ(๑╹◡╹)ノ"
【挿絵】
最後のページに挿絵があります。
お七の墓の前で、もろ肌脱いで太刀を手に切腹しようとする吉三郎を、三人の僧が止めている様子で、傍らには箒《ほうき》のようなものを持った寺男がいます。
ふと、こちらの挿絵を見て、楓屋さんの(id:kaedeya)ブコメを思い出しました。
[35]采女乱入 ~『男色義理物語』~ - うきよのおはなし~江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ~
花と雪。風雅な戒名をいただきましたね。儚く散り溶けるか頼母の命。采女さんが間に合いましたね。どうなるのでしょう。て、切腹に太刀? なぜ?
2025/05/28 19:59
切腹は短刀でするイメージがありますが、吉三郎は太刀で切腹しようとしています。
どうやら『好色五人女』や『男色義理物語』の時代は太刀で切腹することもあったみたいですね。
---------------------------------
---------------------------------




