今にも死のうとしている吉三郎に、お七の母親が何か囁《ささや》いたら、吉三郎はあっさりと自害を止めて出家し、八百屋お七の物語は終わります。
お七の母親が囁いた内容が全く書かれていないために、お七の母親が吉三郎に何と言ったかが長年の謎とされています。
これまでには、次のような説が唱えられてきました。
【お七の母親の囁きに関する先行研究一覧】
①信多純一氏(「古典と西鶴」『文学』46-8 1978-08)
『好色五人女』の最終章は、『伊勢物語』第五段をふまえて書かれていて、二つを照合すると、お七の母親親が囁く箇所は、『伊勢物語』の「あるじゆるしてげり」に対応する。
※[補足説明]お七の母親親は、吉三郎に「私はもうあなたのことを許しているので、死ぬ必要はないのですよ」というようなことを言ったと考えられる。
②森山重雄氏(「巻四、恋草からげし八百屋物語」『西鶴の研究』 1981)
お七との恋は寺の禁忌(衆道)を破る行為で、後を追って死ぬことは許されず、禁忌を守るために出家することしかできなかった。お七の母親親もこの理を説いた。
※[補足説明]寺の禁忌により、吉三郎は衆道以外はするはずがないので、寺の建前としては、お七との恋など無かったということにしなければならず、そもそも吉三郎が後を追わねばならぬ人物など存在しないことになり、出家することしかできなかった。
③江本裕氏(『好色五人女』講談社学術文庫 1984)
※信多純一氏説を支持。
④藤江峰夫氏(「「恋草からげし八百屋物語」について」『江戸時代文学誌』5 1987-07)
信多純一氏の見解をふまえると、門昌庵事件(『好色五人女』巻四の内容と類似)において、松枝(奥女中)の命を助けた清涼院の存在が気に掛かる。清涼院は松枝の伯母で、松前藩主 矩広《のりひろ》の祖母。
⑤塩村耕氏(「『好色五人女』八百屋お七の謎」『国語と国文学』71-12 1994-12)
お七は暗示的に小野小町の面影を重ねて書かれており、小町には不死のイメージがあるので、同様にお七も生き続けており、お七の母親が吉三郎に囁いたのは、「実はお七は死んではいない」という言葉ではなかったか。
⑥中山尚夫氏(「『好色五人女』巻四「八百屋お七」を読む」『東洋』35-3 1998-03)
お七の母親の囁きは、それなりの説得力を持った内容であるのは確か。西鶴作品においては、母親の存在というものが重要。
⑦平林香織氏(「『好色五人女』巻四の五「様子あつての俄坊主」論」『北陸古典研究』14 1999-10)
お七の母親は、男色の美学に基づき、死ぬことが衆道に反することを吉三郎に説いた。女色を否定し娘の恋や死を無意味にするする発言なので、父親たちに聞かれないように囁いた。
大声の中というタイミングで、無音に近い囁きに吉三郎は反応した。
言葉の内容よりも、母性による囁き、つまり母なる存在が死を阻止した。
⑧篠原進氏(『日本の古典-江戸文学編』放送大学 2006)
吉三郎の希望は切腹で、刀が無いから舌を噛み切ろうとしたので、機転の利くお七の母親親は「刀は何とかしますので、今は死ぬのをお止めください」と言った。
⑨(「お七の母親は何と囁いたか」『西鶴が語る江戸のラブストーリー』ぺりかん社 2006)
男色の兄分という存在と、吉三郎の臆病な側面を考え合わせると、お七の母親は、「お七は『吉三郎様が出家なさらなければ、兄分殿を呪います」とも言っておりました」と言ったのではないか。
※執筆者不明。
⑩有働裕氏(「「恋草からげし八百屋物語」試論(下)」『国語国文学報』79 2021-03)
お七の母親は、「本当は死にたくないのでしょう。それに、自害などしてしまったらお七の後を追ったことになり、兄分に申し訳が立ちませんよ」と囁いたのではないだろうか。死ぬに死ねない吉三郎の硬直化した心情を氷解させるような内容であり、吉三郎の体面を考えると、周囲には聞かせられない内容である。
各先生の論をコンパクトに分かりやすくまとめたので、ニュアンスが異なってしまってる場合があったら、すいません。
では、以上の先行研究を参考にしながら考えてみると、吉三郎は世間から悪く言われるのを気にしていますが、実際に世間の人々は、
「其《そ》の契《ちぎ》りを込《こ》めし若衆ハ、如何《いか》にして、㝡後《さいご》を尋《たづ》ね問《と》ハざる事の不思義《ふしぎ》」
「この女と契りを交わした若衆(吉三郎)が、どうしてこの女の最後の様子を、聞き尋ねる事さえしないのか、不思議で仕方がない」
と、「不思議」と言っているだけで、吉三郎の事を悪くは言っていません。
そして、寺の人もお七の親族も、誰一人として吉三郎の死を望んでいません。
『男色義理物語』の内蔵之助は、みんなに散々悪く言われた上に、死ね死ね言われていたのに。
つまり、死なねばならないと思っているのは感情的になっている吉三郎だけで、誰も吉三郎が悪いとは思っておらず、そもそも死ぬ必要はないと思っています。
内蔵之助の場合は、相手がかつて男色関係にあった若衆であり、衆道(男色)と武士道は直結したもので、武士道は死と隣り合わせであるので、死を選ぶべきだと誰もが思ったようです。
一方、吉三郎の場合は、相手が女であり、武士と町人という身分の差もありました。
当時は女性が軽んじられていたこともあり、身分も下なので、吉三郎は死ぬ必要などなかったのです。
それに、吉三郎は女性はお七一筋だったのですが、お七は他の男性にも興味を示し、交わってもいたと思われるので、お七の貞操概念にも問題があります。
あと、吉三郎が、
「舌《した》喰《く》ひ切《き》り、首絞《くびし》めるなど、世の聞こへも手緩《てぬる》し」
「舌を噛み切ったり、首を括《くく》ったりなどしては、世間の人々は、『そんなユルい方法で命を絶つなんて』、などと言ってバカにする事でしょう」
と言ったにもかかわらず、舌を噛み切って死のうとしているのも、説得のポイントになるでしょう。
以上の点を踏まえて、私はお七の母親は次のように囁いたと考えます。
「吉三郎殿は、舌は食い切らないとおっしゃっていましたが、もちろん武士に二言はありませんよね。
そもそも、女の後を追って死ぬのは、男として、武士として、どうなのでしょうか?
それに、お七はあなた以外の男とも交わっていたのですよ。
世間の悪評を気にしておられましたが、それこそ「武士がアバズレ女の後を追って死によった」って世間にバカにされますわよ」
吉三郎のプライドを傷つけ、娘の事も悪く言っている内容なので、おおっぴらには言えないから、囁くしかないですよね。
つまらん、北見花芽の言う事は、いつもつまらん。
あくまでもブログだよ、もっとエンターテイメント性を重視しなきゃいけないと思うんだ。
こんな真面目腐った考察なんか必要ないんだよ!
代わりに僕がお七の母親の囁きの内容を教えてあげよう!ヾ(๑╹◡╹)ノ"![]()
せっかく無難にまとめようと思ってたのに、厄介な奴が来たぞヾ(๑╹◡╹)ノ"![]()
こんなねえ、しちめんどくさい分析なんかしなくても、分かるように書いてると思うんだよ、西鶴先生は。
例の場面をもう一度、読んでごらん。
はいはい。
「中/\吉三良 聞《き》ゝ分《わ》けず、愈《いよ》/\思ひ極《きハ》めて、舌《した》喰《く》ひ切《き》る色目《いろめ》の時、母親親《はゝおや》耳《ミゝ》近く寄《よ》りて、暫《しば》し小語《さゝや》き申されしハ、何事にか有《あ》る哉《や》らん」
「しかし、吉三郎はなかなか聞き入れず、ついに覚悟を決めたようで、舌を噛み切る気配が見えた時、お七の母親親は、吉三郎の耳の近くに寄って、しばらく囁《ささや》いたのですが、はてさて何を言ったのでしょうか?」
「何事にか有る哉らん」って書いてあるでしょ。
ここはね、西鶴先生の遊び心でね、内容を隠しているんじゃなくて、書くのを省略しているだけなんだと思うんだ。
もう、前にお七の母親は同じようなことを言ってるから、その内容をここに当てはめろってことなんだと思うんだ。
何言ってんだこいつ?
だから、「何事にか有る哉らん」みたいなことを、前にもお七の母親言ってるでしょ!
そんなようなことなんか、言ってるわけ、、、?
母親がお七を吉三郎の所から連れて行くシーンで、新発知に言ったセリフがリンクするんだ。
「何事か知らね共、お七が約束《やくそく》せし物ハ、我《われ》が請《う》けに立つ」
「なんのことか分からないけれど、お七が約束した物は、私が責任持って渡すから」
と、言い捨てて帰りました」
kihiminhamame.hatenablog.com
「何事にか有る哉らん」=「何事か知らね共」、つまりこの後に書いてある「お七が約束せし物ハ、我が請けに立つ」が、吉三郎に言った言葉に該当すると思われ。
お七と吉三郎、なにか約束したっけ?
二人が結ばれたシーンで、
「何時《いつ》と無く訳《わけ》も無き首尾《しゆび》して、濡れ初《そ》めしより、袖《そで》ハ互《たが》ひに、「限りハ命《いのち》」と定《さだ》めける」
「それからいつのまにやら合体して、初めて結ばれた二人は、袖を互いに交え、「命ある限りは!」と誓ったのでした」
と、「限りハ命(生きている間はずっと恋仲でいましょうね)」って約束したんだよ。
つまり、母親は二人の生涯愛の約束を認めたんだよ。
少なくとも二人の再会は約束したんじゃないかな。
母親がお七を連れ帰るシーンとリンクしてるなんて、逆張りで暗示的だよね。
でも、その約束は母親には叶えられないよ、だってお七は亡くなってるじゃん。
そう、死んでいたら、約束は叶えられないけど、生きていたか叶えられるよね、そう、お七は生きているんだよ!
だって、お七が処刑された後の描写を見てごらん。
「其れハ昨日、今朝見れば塵《ちり》も炭《はい》も無くて、鈴《すゞ》の森《もり》、松風ばかり残《のこ》りて」
「お七の処刑はもう昨日のことで、今朝見ると、焼かれたお七の塵も灰も無くて、鈴が森に吹く松風しか残っていません」
「其の日の小袖、郡内嶋《ぐんないじま》の切れ/゛\迄も、世の人、拾《ひろ》ひ求めて、末《すへ》/゛\の物語の種《たね》とぞ思ひける」
「処刑の日にお七が着ていた、郡内縞《ぐんないじま》の小袖の切れ端までも、世間の人は拾い集めて、後々までの話のネタにしようと思ったのでした」
いくら焼けたからと言って、残ったのは着物だけで、骨すら残らないわけはないよね。
つまり、うまく見えないように着物だけ焼いて、お七の火刑は偽装されたんだよ!
いやいや、墓まであるみたいだからそんなことは、、、。
そう、墓もポイントなのよ、この箇所おかしくない?
「其れとハ言はずに、明暮《あけくれ》女心の墓《はか》なや」
「吉三郎への恋心を誰にも言わずに、朝から晩まで思い悩む女心はむなしいものです」
「果敢無や」「儚や」って漢字がふさわしいのに、謎に「墓なや」って漢字をあててるよね。
つまり、「墓無や」、お七は生きてるから、本当の墓は無いってことだよ。
あと、「墓」にヒントがあるってことも暗示してるんじゃないかな?
墓?そういやあ、お墓が背景の挿絵が二つあったね。
お七が避難所から帰るシーンと、

吉三郎が切腹しようとするシーン。

別々の箇所の挿絵だけど、実はセットなんじゃないかって言われてるけどね。
Amazon商品紹介のあと、もう少しだけ続きます!
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そう、ほら、ちょっとサイズを調整して、並べると、二つの絵はピッタリつながるんだ!
線のつながりを見ればよく分かると思う。

『好色五人女』巻四「恋草からげし八百屋物語」[貞享三(1686)年刊、井原西鶴作]
好色五人女 5巻 [4] - 国立国会図書館デジタルコレクション
右が吉三郎が切腹を止められているシーンだから、お七の火刑後のはずなんだけど、左を見ると、お七がいるのよ。
左の絵は、避難先から家に帰るシーンと見せかけて、火刑を逃れたお七を、下男と下女を伴って、母親親がどこか身を隠す場所に連れて行くシーンなんだ、やっぱりお七は生きていたんだ!
お七の母親は吉三郎に、
「吉三郎殿とお七が生涯の愛を誓ったことは承《うけたまわ》りました。
少なくともお七には必ず会わせますので、自害はおやめください。
お七は生きております」
って囁いたんだよ。
お七が生きていることなんておおっぴらにできないから、囁くのは当然だよね!
お七は死んでないから、出家した吉三郎の方が哀れというわけだ!
ぶちゅっ(三つ目に注射を打つ音)
ぽや~ん、あれえ?ぼくはなにいってたんだっけ?
ねえねえ、三つ目、お七の母親はなんと囁いたんだっけ?
えとねえ、「お七の代わりに私が吉三郎殿のお相手をしますので」って言ったんだよ、ほげ~。
よし。
三つ目よ、世の中には分からなくてもいいことがあるのだよ。
それにしても、お七と吉三郎はちゃんと再会できたのかなあ?
次回は八百屋お七が実在したかどうかの考証です。
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