鼻毛延高と千久羅坊の二人は、両国橋を渡って、深川八幡宮に向かいました。




※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しています。
金草鞋 1編 - 国立国会図書館デジタルコレクション
諸国道中金の草鞋 1 - 国立国会図書館デジタルコレクション
※損傷個所は可能な限り修正しています。
※赤字の書き入れは筆者。
【原文】
両国橋を向かふへ渡り、一つ目の橋を越へて川に付き、安宅《あたけ》の前通り真つ直《す》ぐに、仲町《なかてう》の通りへ曲がつて、一の鳥居を打ち過ぎ、深川八幡宮の御社に到る。
此処《こゝ》も繁華の所にして、賑やかなり。
案内
「もし、是が二軒茶屋《にけんぢヤヤ》と言ふのだが、何と華ヤかな物で御座りヤせうね」
延高
「アニ、是がはあ、二間《にけん》ばかし有んべいか。
でつかい家《うち》で御座らァ。
奥の座敷さあで、三味《しヤミ》のう齧《かぢ》り召さる。
俺《うら》もあだけたくなつたァ。
一《ふと》つ、国さあで流行《はや》り申す歌ァ、歌つて聴かせべいか、もし」
「るゝてる/\てしよ、かまくらァめつきりしよ、よゝふくかぜにふく、かゝいろおりしよ/\、さわりこ/\でん/゛\くりでんのぼう、なゝんしよなんのぼう、すぎなわてのさんぶく、つろつんさいろ、きやう[きやら?]もどきのりん/\」
案内
「ハヽヽヽ、御前《おめへ》中/\良《い》ゝ声だ。
しかし、飯時《めしどき》には御免なせへだ」
狂
「俺《うら》をはあ よい声だァと 言ひ召すが 喧《ヤかま》しいとて 尻サ来んべい」
「八幡様ハ鳩が御好きだと言ひ申すが、鳩ハ雑炊《ざうすい》にでもすべいよりかァ、何《あん》ともすべい事が無いもんだ」
「もし、御入りなさりまし、御休みなさいまし」
「はて、近付きの人じヤァ無いが」
【現代語訳】
両国橋を向こう側に渡り、一つ目の橋を越えて川に沿って、安宅《あたけ》(御船蔵《おふなぐら》)の前通りを真っ直ぐに進み、仲町《なかちょう》の通りへ曲がって、一の鳥居を過ぎると、深川八幡宮(富岡八幡宮)のお社《やしろ》に着きます。
ここも繁盛している所で、賑わっています。
案内人
「もし、ここが二軒茶屋と言うのだが、なんとまあ、華やかな所でございますなあ」
延高
「なに、これが、はあ、二間ばかりもあるのかあ。
でっかい家でござるなあ。
奥の座敷で三味線を弾いてなさる。
オラもおどけたくなった。
ひとつ、オラの国で流行ってる歌を、歌って聴かせようか、もし」
延高の歌
「るる照る照るてしょ、鎌倉ァめっきりしょ、夜ゝ吹く風に吹く、かか色織《いろおり》[色折?]しょ色織しょ、障《さわ》り子[触り子?]障り子でんでん繰《く》りでんの坊、ななんしょ何の坊、杉縄手《すぎなわて》の三福《さんぶく》[三伏?山腹?]、つろつんさいろ、京擬《きょうもど》き[伽羅擬《きゃらもど》き?]のりんりん」
案内人
「ははは、お前はなかなか良い声だ。
ただ、食事時に歌うのは勘弁してくだせえ」
延高の狂歌
「オラを良い声だと言いなさるが、調子に乗って歌ってたら、「やかましい!」と、あとで苦情が来そうだべ」
千久羅
「八幡様は鳩がお好きだと言い申すが[鳩は八幡神の使いとされている]、鳩は雑炊《ぞうすい》にして食べる以外は、何も使い道が無いもんだ」
茶屋の女
「もし、お入りくださいませ、休んでいってくださいませ」
延高
「はて、知り合いでもないんだが」
【解説】
延高が歌うローカルヒットソング、漢字にできそうな箇所は無理やり漢字にしてみましたが、よく意味は分かりません。
言葉遊び的なものだとは思うのですが。
案内人には歌声をやんわりディスられているのですが、延高は気づいていないようで。
食い意地の張っている千久羅坊は、鳩を食材としてしか見ていないようです。
二軒茶屋は深川八幡宮の境内にあった、松本と伊勢屋という二軒の茶屋の事です。
延高は二軒のことを間口が二間[3.64m]と勘違いしてますが。
そして、田舎者で客引きをされたこともないので、知り合いでもないのに何で休んでいけと言われるか理解できていない延高なのでした。
【江戸切絵図】
今回、一行が進んだルートはこんな感じだと思います。

〔江戸切絵図〕 本所絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション

〔江戸切絵図〕 深川絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション
【江戸名所図会】

江戸名所図会 7巻 [18] - 国立国会図書館デジタルコレクション
富岡八幡宮(深川八幡宮)の図に伊勢屋と松本の二軒の茶屋がちゃんと描かれています。
確かに大きな茶屋ですね。
図では延高が間違えたように二間茶屋と表記されていますが、『江戸名所図会』の本文中ではちゃんと二軒茶屋になっています。
あ、前回の両国橋の回にも『江戸名所図会』の画像を追加しました。
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一つ目の橋って、そういう橋の名前なんだ!


