一行は、雑司ヶ谷鬼子母神から堀之内祖師堂に向かいました。




※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しています。
金草鞋 1編 - 国立国会図書館デジタルコレクション
諸国道中金の草鞋 1 - 国立国会図書館デジタルコレクション
※損傷個所は可能な限り修正しています。
※赤字の書き入れは筆者。
【原文】
雑司ヶ谷の裏通りより、畑の中の道を通りて、堀之内《ほりのうち》へ行《ゆ》く道あり。
是を辿《たど》り/゛\て、遂に堀の街道に出で、江戸屋と言ふ茶屋の脇より入り、やがて堀之内祖師堂《ほりのうちそしだう》へ来たりて、
狂
「堀之内 と言へど水さあ 見へないが 御堂の内ハ だゞぶだぶ/゛\」
参詣
「儂《わし》が所《とこ》の嚊殿《かゝあどの》がこの間、他《ほか》に男を拵《こしら》へて、駆落《かけをち》しやしたが、此の寒空に向かつて、布子《ぬのこ》を置ゐていきやしたから、さぞ寒かろう。
どふぞ持たせてやりてへものだと思つても、居る所が知れねへから、祖師様《そしさま》へ御願ひ申して、嚊殿ゝ居る所が知れるやうにと、日参《につさん》を致します」
「其れハ御奇特《おきどく》な事だ。
道理こそ、御前《ぉめへ》の鼻の下が、京間《きやうま》で十間《じつけん》ばかりに見へやす」
「イヤ、そふでも御座りませぬ
僅《わづ》か五六間ハ御座りませうか。
其の代ハり、鼻毛が飛んだ伸びまして、三十間ハ御座りませう。
嚊《かゝあ》の居《お》る内《うち》、抜いて貰《もら》をふと思ひましたら、鼻毛の代わりに、尻《けつ》の毛を抜かれました」
「宿《しゆく》のまさだ屋へ付けて下せへ。
此の間、忘れて来た物が有る。
木綿《もめん》の越中褌《ゑつちうふんどし》を」
「そんなら今日は茶屋無しに、振りで御上がりなさりやし」
「儂ハ女に掛ゝると目が見へ無いから、祖師様へ願《ぐハん》を掛けたら、有り難い事にハ、夕《ゆふ》べ夢枕に御立ちなされて、『汝《うぬ》、糞《くそ》を喰らへ』と仰《おつしや》りました」
「南無阿弥陀/\、是ハしたり、そふでハ無かつた。今のハ嘘つこ/」
【現代語訳】
雑司ヶ谷の裏通りから、畑の中の道を進むと、堀之内へ行く道があります。
この道をたどって行くと、最終的に堀の街道(堀之内道、妙法寺道)に出るので、江戸座と言う茶屋の脇から入ると、すぐに堀之内祖師堂(妙法寺)に着きます。
・狂歌[千久羅坊と延高による]
「堀之内と言うのに、水が見えないなあと思ったら、お堂の中は だだぶだぶだぶ[お経を唱える声を現す擬音と、水がいっぱいの様子を現す擬音を掛けた]だなあ」
・参詣人A
「ワシの所の女房が、この間、ほかに男を作って、駆け落ちをしましたが、この寒空の中で布子《ぬのこ》[木綿の綿入れ(防寒着)]を置いて行ってしまったから、さぞかし寒い事だろう。
どうか持たせてやりたいものだと思っても、居場所が分からねえから、祖師様にお願いして、女房の居場所が分かるように、日参をすることにしました」
・参詣人B
「それは御立派なことだ。
どうりでお前の鼻の下が、京間《きょうま》[江戸間より長い。京間は一間が六尺五寸で、江戸間は一間が六尺]で十間《じゅっけん》[約197cm]ぐらいの長さに見えるわけだ」
・参詣人A
「いやいや、そうでもござりません。
わずか五、六間ぐらいでござりましょう。
その代わり、鼻毛がとんでもなく伸びまして、三十間はござりましょう。
女房のいるうちに抜いてもらおうと思っていましたが、鼻毛の代わりに尻の毛を抜かれました」
[「鼻の下が長い」「鼻毛が伸びる」はどちらも「女性に甘い」「女性にだらしない」を意味する慣用句で、「尻の毛を抜かれる」は「だしぬかれる」「してやられる」を意味する慣用句]
・駕籠の客
「宿《しゅく》(内藤新宿)の まさだ屋 に駕籠を付けてくだされ。
この間、忘れてきたものがある。
木綿《もめん》の越中褌《えっちゅうふんどし》を」
・駕籠舁《かごかき》
「それなら今日は馴染みの茶屋へは行かず、振りでお遊びなさいませ」
[「振り」には「下着を付けていない(ふりちん)」と「紹介や予約なしで行く」の意味があるので掛けた]
・参詣人C
「ワシは女には目が無いから、女に困らないように、祖師様(日蓮)に願掛けをしたら、ありがたいことに昨晩の夢枕にお立ちになられて、『お前みたいなやつは糞でも食らっておけ』とおっしゃいました」
[日蓮の言葉「法華経を行ずる人の、一口は南無妙法蓮華経、一口は南無阿弥陀仏なんど申すは、飯に糞を、雑へ沙石を入れたるが如し」(秋元御書1071)を踏まえるか]
・布施を乞う僧と尼[描かれているのは寺の前の道だと思われるので、本物の僧と尼かは疑わしい]
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、あ、やってしまった、これではなかった、今のは嘘っこ! 聞かなかったことにして!」
[日蓮宗のお寺なので「南無妙法蓮華経」と唱えなければならない]
【解説】
今回も千久羅坊と延高は狂歌を詠んだだけです。
当時は、堀之内参詣を口実に、内藤新宿に遊びに行く人が多かったそうです。
その関係からか、ここでの参詣人は、女性関係の願掛けをしてるんですかねえ?
日蓮宗のお寺なので題目を唱えなければならないのに、うっかり念仏を唱えてしまった二人は、別の日は浄土教系のお寺の前で、同じように物乞いをしているのでしょうかね。
【江戸名所図会】
今回は江戸切絵図の範囲外だったので、古地図は無しでございます。
かなり立派なお寺ですねえ。

江戸名所図会 7巻 [11] - 国立国会図書館デジタルコレクション
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山東京伝『青樓和談 新造図彙』(天明9[1789]年刊)
※大阪大学附属図書館所蔵 CC BY-SA
国書データベース:国文学研究資料館
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