というわけで、今回こそ、八百屋お七の一気読みです。
全編を一度に載せたかったのですが、長すぎなので、章ごとの一気読みとなります。
尚、本作では現代では不適切とされる表現が出てきますが、あくまでも江戸時代の文学作品に書かれている内容をそのまま紹介するのが目的であって、差別を助長する意図がない事をご了承ください。
『好色五人女』巻四「恋草を束ねた八百屋の物語」
第一章 大晦日《おおみそか》は恋する思いの闇
ならい風(冬の季節風)が激しく吹いて、師走(十二月)の空は、雲まで早く移動します。
みんな、新年を迎える準備を急いで始め、餅を搗《つ》く家の隣の家では、小笹を各自で持って煤《すす》払いをしています。
銀貨を量る天秤の、針口を叩く小槌《こづち》の音が冴えわたり、年末に金銭の遣り取りをするのは世間での決まり事なので、忙しいものです。
店の軒下を、物乞いが連れ立って、
「こんこん小盲《こめくら》に、お一文くださりませ」
と言う声がやかましく、古札納め、雑器《ざっき》売り、正月飾りのカヤの実・かち栗・鎌倉海老(伊勢海老)を売る者もいます。
通町《とおりちょう》では、破魔弓《はまゆみ》を売る店が出て、新しく仕立てた着物・足袋《たび》・雪踏《せった》が売り出されています。
「足を空《そら》に惑《まど》ふ(あわてふためく)」と吉田兼好が書いていたのが思い出され、今も昔も家庭を持つ者の年末は休む暇もありません。
早くも一年の終わりが押し迫った、十二月二十八日の夜中に、火災が発生しました。
焼けた家の門前は大騒ぎで、車長持を引く音が響き、葛籠《つづら》や掛硯《かけすずり》を肩に掛けて逃げる者もいました。
少しでも損害を減らそうと、穴蔵の蓋を開けるやいなや、絹布《けんぷ》を投げ込んだ者もいたのですが、あっという間に燃えて煙となってしまいました。
巣がある野を焼かれてしまったキジが子を思うように、妻を亡くした者は哀れみ、老母を亡くした者は悲しみます。
それぞれ知り合いを頼って避難することになり、ますます悲しさがこの上もなく募《つの》るのでした。
さて、本郷の辺りに、八百屋八兵衛と言う、元々は家柄も良い商人がいました。
この人には娘が一人いて、名はお七と言いました。
年は十六歳で、花に例えるなら上野の満開の桜、月に例えるなら隅田川に映る清らかな月影、この世の者とは思えないくらいの美女でした。
生きた時代が違うがために、「都鳥」の歌を詠んだプレイボーイの在原業平《ありわらのなりひら》に、お七の姿を見せられないのが残念です。
お七に心を寄せない者はいませんでした。
お七の家にも火の手が迫ってきたので、お七は母親に付き添って、長年信仰している檀那寺である、駒込の吉祥寺に行って、当面の間、避難生活をすることになりました。
お七と母親に限らず、多くの人がこのお寺に駆け込んだので、長老様(住職)の寝室にも赤子の泣く声が聞こえ、仏前には女の腰巻が散乱し、ある者は主人を踏み越え、ある者は親を枕にして、ごちゃごちゃと入り混じって寝転ぶのでした。
夜が明けると、鐃鉢《にょうはち》や銅鑼《どら》を洗面器にして、仏前にお茶を供えるための天目茶碗も、飯碗《めしわん》の代わりになります。
とはいえ、こういう非常時の事なので、お釈迦様も見逃してくださるでしょう。
お七は母親が大切に目を掛けており、
「坊主でも油断できない世の中」
と、男が言い寄ってこないように、あらゆる事に気を配っていました。
この時季の夜風の寒さに、誰も耐えきれないので、長老様は慈悲の心から、ある限りの着替えを出してきて、皆に貸し出しました。
その中に、黒羽二重の大振袖に、桐と銀杏の並べ紋(二つ紋)を付け、紅絹裏《もみうら》にして山道形に裾取りをした、いわくありげな仕立ての小袖がありました。
焚《た》きしめた香の匂いがまだ残っていて、お七の心に留《と》まりました。
「どんな女性か分かりませんが、早くに世を去られ、家族が形見を見るのも辛《つら》いと、この寺に納められた着物なのでしょうか」
と、自分の年齢と重ね合わせて、哀れで痛ましく思い、会ったことがない人に無常を感じるのでした。
「思えばこの世は夢のようなものです。
この世には何も必要ありません。
あの世にこそ真実があるのです」
と、ションボリと気落ちして、母親の数珠袋を開け、数珠を出し手に掛けて、口の中で題目をひたすら唱えました。
その時、気品あふれる若衆が、銀の毛抜きを片手に、
「左の人差し指に、あるかないか分からないくらい小さなトゲが刺さって、それが気になるのですが、なかなか抜けなくて」
と、夕暮れ時の障子を開いて、トゲを抜こうと四苦八苦されていました。
お七の母親はそれを見かねて、
「私が抜いて差し上げましょう」
と、その毛抜きを受け取って、トゲを抜こうとしばらく頑張っておられましたが、老眼でハッキリ見えず、トゲがなかなか見つからなくて、困っている様子でした。
お七はこれを見るなり、
「私なら若い目でハッキリ見えるので、簡単に抜けるのに」
と思いながらも、近寄りかねてたたずんでいました。
すると、母親がお七をお呼びになって、
「このトゲを抜いて差し上げよ」
とおっしゃったので、お七は嬉しく思いました。
お七は若衆のお手を取って、トゲを抜いて助けると、この若衆は我を忘れ、思わずお七の手を強く握られました。
お七は手を離したくなかったのですが、母親が見ている手前、しかたなく別れました。
しかし、その時、お七はわざと毛抜きを持ったまま帰り、
「あ、返しに行かなくては」
と、若衆のあとを追って、毛抜きを渡しざまに手を握り返しました。
これから、お互い思いを寄せるようになりました。
お七はどんどん恋い焦がれて、
「あの若衆は、どんなお方なのでしょう」
と、納所坊主《なっしょぼうず》に聞くと、
「あのお方は、小野川吉三郎《おのがわきちさぶろう》殿と申しまして、先祖が由緒正しきご浪人なのですが、それはもう優しく情け深いお方です」
と答えました。


お七は、ますます恋する思いが募《つの》って、ナイショのラヴレターを書いて、誰にもバレないように吉三郎に送りましたが、いつのまにか送り主が入れ替わって、なんだかんだ吉三郎の方から恋する思いの数々を書いたラヴレターを送るようになっていました。
恋する思いがお互いに入り乱れて、これぞ両思いと言うべきものでしょう。
二人とも返事を書くまでもなく、いつのまにやら、深く恋う人、恋われる人になって、会うチャンスをうかがいました。
会える時が来るまでは、つらい浮き世を過ごさねばなりません。
大晦日は、恋する思いが募るまま闇に暮れて、明けると新年となり、恨めしくも女松男松の門松を飾り立て、暦をめくると最初に「姫始め」と書いてあるのが、逆におかしかったりします。
しかし、良いチャンスがなく、なかなかチョメチョメすることができず、「君がため若菜摘む」と古今集で詠まれた、七草の祝いの日も終わり、九日、十日、十一日、十二日、十三日と、どんどん過ぎ、十四日の夕暮れになって、もう松の内も終わってしまいました。
このまま何もしていないのに、つまらない恋の噂だけが立とうものなら、悔しくて仕方ありません。
第二章に続く!ヾ(๑╹◡╹)ノ"
※しばらく三つ目の出番はここだけ、ざまあw
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