第三章です。お七の家の八百屋に、謎の少年がやってきます。
尚、本作では現代では不適切とされる表現が出てきますが、あくまでも江戸時代の文学作品に書かれている内容をそのまま紹介するのが目的であって、差別を助長する意図がない事をご了承ください。
『好色五人女』巻四「恋草を束ねた八百屋の物語」
第三章 雪の夜の密会宿
油断のならない世の中で、特に見せてはいけないものは、旅行の時に肌身に付けた金、酔っ払いに脇差、娘の側に世捨て坊主です。
お七には吉三郎を見せてはならないということで、お寺での避難生活から帰ってからは、お七の母親は厳しく監視して、二人の仲を裂いたのでした。
しかし、下女が情けを知った者であったので、お七と吉三郎は何通も手紙のやりとりをすることができ、お互いの気持ちを知らせ合ったのでした。
ある日の夕方、板橋近くの里の子と思われる者が、松露《しょうろ》と土筆《つくし》を手籠に入れて、生活費を稼ぐために売りに来たので、お七の親の店で買い取りました。
その夕暮れは、春というのに雪が降りやまず、里の子は、里まで帰るのが困難だと嘆きました。
亭主(お七の父親)はかわいそうに思い、何となく、
「ちょっとばかり土間の片隅で過ごして、夜が明けたら帰りなさい」
と言いました。
里の子は嬉しく思い、ゴボウや大根を並べた莚《むしろ》を横に寄せて、竹の小笠で顔を隠し、腰蓑《こしみの》を体にまとって、一晩をしのぐことにしました。
夜嵐が枕元に吹き付けて、土間は冷え切っているので、里の子は、かなり命が危うい状態になりました。
だんだん息も苦しくなり、意識を失いそうになった時、お七の声がしました。
「さっきの里の子がかわいそうだから、せめて湯でも飲ませておあげ」
お七の言いつけで、飯炊き女の梅が、使用人用の茶碗に湯を入れて、下男の久七に渡しました。
久七は受け取って、これを里の子に与えました。
「お心遣いに感謝いたします」
と里の子が言うと、久七は暗闇に紛れて、里の子の前髪を触り、
「お前も江戸に居たなら、念者《ねんじゃ》(男色の兄分)を持つ年頃じゃが、かわいいのう」
と言いました。
「私はいかにも卑《いや》しく育ちまして、田を耕す馬の口につけた縄を引くことと、柴刈りをすること以外は何も知りません」
と里の子が言うと、久七は里の子の足を触って、
「お前は里の子にしては珍しく、あかぎれの一つも無いではないか。
これなら、ちょっとばかし、チューをば」
と、口を寄せてきました。
この時の悲しさ、切なさといったら。。。
里の子は歯を食いしばって、涙を流しました。


しかし、久七は考え直して、
「いやいや、ネギやニンニクを食べた臭い口かもしれない」
と、チューをするのをやめたので、里の子は嬉しく思うのでした。
それから、寝る時間になったので、使用人は打ち付けハシゴで二階に上り、灯火を薄暗くして寝ました。
亭主は、戸棚の錠前が閉まっているか、しっかり確認しました。
内儀《ないぎ》(お七の母親)は、火の元に気を付けるよう、使用人によく言い付け、さらに娘(お七)を気に掛けて、中戸を厳重に閉めたので、吉三郎との恋路を結ぶ綱が断たれてしまったように感じ、お七はガッカリするのでした。
八《や》つ時(午前二時頃)を知らせる鐘が鳴る時、表の戸を叩く音がし、女と男(お七の母親の姪の家の使用人)の声がして、
「もしもし、叔母《おば》様(お七の母親)、只今、(お七の母親の姪が)めでたくご出産されましたが、しかも男のお子さまで、旦那様(お七の母親の姪の夫)もご機嫌です」
と、何度も叫びました。
家中の者が起きて騒ぎ、「それは、嬉しい事だ」と、寝室からすぐに夫婦(お七の両親)は一緒に飛び出てきました。
そして、海人草《まくり》と甘草《かんぞう》(薬草)を手に取り、左右不揃いの草履を履いて、お七に門の戸を閉めさせ、あわてて出掛けて行きました。
お七は戸を閉めて戻る時に、夕暮れ時の里の子が気になって、下女に、
「その手燭《てしょく》をちょっと」
と、里の子の姿を照らして見ました。
里の子がグッスリ寝ている様子を見ると、お七はいっそう愛《いと》おしさが増しました。
「気持ちよく寝ているので、そのまま寝かせてやってくだされ」
と下女が言うのを、聞こえぬふりをして、お七は里の子の近くに寄りました。
お七は、里の子が肌に付けている兵部卿《ひょうぶきょう》(お香)の香りに、どういうわけか心が引かれて、笠を取り除《の》けてみました。
気品がある横顔はおしとやかで、鬢《びん》も乱れておらず、お七はしばらく見とれてしまいました。
お七は、
「あの人(吉三郎)と同じぐらいの年頃だ」
と思い出して、袖に手を差し入れてみると、浅黄羽二重《あさぎはぶたえ》の高級下着を身に着けていました。
お七は、「これは!」と思い、しっかり確認すると、そうです、愛しの吉三郎殿です。
人に聞かれるのも構わず、
「これは、どうしてこんなお姿で」
と言い、吉三郎に、しがみついて嘆きました。

吉三郎もお七と顔を見合わせ、しばらく何も言えませんでしたが、
「私がこのように姿を変えたのは、せめて君(お七)の姿を少しだけでも見たいと願ったからです。
夜の間、辛《つら》い思いをしたことを、どうぞお察しください」
と、事の始めから、くどくどと話し始めました。
「ともかく、こちらにお入りになってから、そのお恨みの言葉をお聞きしましょう」
と、お七は吉三郎の手を引きました。
しかし、吉三郎は、夜の間ずっと土間で耐えていたので、体中が痛くて動くことができず、それはそれはかわいそうでした。
なんとかお七は、下女と手車を組んで吉三郎を乗せ、自分の寝室にお連れしました。
お七は、手の続く限界まで吉三郎の体をさすって温め、いろんな薬を与えると、吉三郎は少し笑顔を見せたので、お七は嬉しく思いました。
「盃を交わして、今夜は思う存分、語り尽くしましょう」
と喜んでいる所に、お七の父親がお帰りになったので、吉三郎はまたもや辛い思いをすることになったのでした。
お七は吉三郎をハンガーラックの陰に隠し、なにくわぬ顔をして、
「お初《はつ》様(姪の名)は、親子ともに、しっかりご無事でしょうか」
と聞くと、父親は喜んで、
「たった一人の姪なので、なにかと心配したが、肩の重荷がやっと降りた」
と、言ってゴキゲンで、産着《うぶぎ》の模様を選び始めました。
「めでたい尽くしで、鶴亀松竹の摺箔《すりはく》はどうだろうか」
と、おっしゃるので、
「お急ぎになる事ではないので、明日、ゆっくり、じっくり、しっかり、お考えになっては」
と、お七と下女は口々に申し上げたのですが、
父親は、
「いやいや、こういうことは、早い方が良い」
と、木枕を台にし、鼻紙をたたんで、産着に染める模様の型紙を切り始めたので、お七は「うざっ」と思ったのでした。
ようやく、父親の気が済んだ頃を見計らって、色々と言いくるめ、父親を寝かせることができました。
お七と吉三郎は語り明かしたいものの、親の寝室とは襖《ふすま》一枚なので、声が漏れ聞こえるのが恐ろしく、灯火の火影《ほかげ》に硯と紙を置いて、思いの限りをお互いに書き、見せたり、見たりしました。
これぞ、「鴛《おし》の襖《ふすま》」(仲の良い「鴛《おしどり》」と、言葉がしゃべれない「唖《おし》」を掛けた)とでも言うべきでしょう。
一晩中、筆談を続け、明け方に分かれましたが、これ以上ないチャンスだったのに、恋の思いを満足に遂げることができませんでした。
まったくもって、物憂《ものう》き浮世《うきよ》(辛い世の中)でありますなあ。
第四章に続く!ヾ(๑╹◡╹)ノ"
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