第四章です。吉三郎に会いたいあまりに、お七がしたこととは。。。
尚、本作では現代では不適切とされる表現が出てきますが、あくまでも江戸時代の文学作品に書かれている内容をそのまま紹介するのが目的であって、差別を助長する意図がない事をご了承ください。
『好色五人女』巻四「恋草を束ねた八百屋の物語」
第四章 この世で見納めの桜
吉三郎への恋心を誰にも言うこともなく、朝から晩まで思い悩む女心はむなしいものです。
吉三郎に会う方法も無かったのですが、ある日、風の強い夕暮れに、お七は、いつだかの寺に避難した、世間で騒ぎになった火事を思い出しました。
「また、そういう火事騒ぎがあれば、吉三郎殿に会えるきっかけになるかも」
と、しょーもない出来心で、悪事(放火)を思い立ったのが、運の尽きでした。
少し煙が立ち上った所で騒ぎになり、人々が不思議に思って現場を調べてみると、お七の姿を見つけました。
お七に問いただしてみた所、放火に到った経緯まで包み隠さず白状したので、処刑という世にも哀れな処分が下されたのでした。
お七は、市中引き回しの刑で、今日は神田の崩れ橋で恥をさらしました。
また別の日には四谷、芝、浅草、日本橋に引き回され、人々がこぞって見物し、お七の命が絶たれる事を惜しまぬ者はいませんでした。
このように、ちょっとばかりでも人は悪事を働いてはならないといことです。
天は悪事をお許しにはなりません。
この女(お七)は、決心しての行動だったので、後悔で体がやつれることもなく、毎日、以前のように黒髪を結わせて、美しい姿のままでした。
十七歳で命を失うお七を惜しんで、春の花は散り、ホトトギスまで悲しんで一斉に鳴きました。
四月の始めの頃、ついに処刑の日となり、
「これで最後だぞ」
と、人々が覚悟を決めるよう勧めると、お七は平静を保ったままで、
「所詮、この世は、夢幻《ゆめまぼろし》の中なのです」
と言い、ひたすら仏の国に行くことを願いました。
その殊勝な志《こころざし》は、そうは言っても憐《あわ》れみを誘い、人々は手向《たむ》けの花として、遅れ咲きの桜を一本持たせました。
お七はその桜を眺《なが》めて、
「世にも哀れな事に、春風に吹かれて、恋の噂だけを残し、遅れ咲きの桜のように、私の身は今日散るのです」
と、辞世の句を詠みました。
聞いた人はますます憐れんで、その姿を見送りました。
あと少しの命であることを知らせる、入相《いりあい》の鐘(夕暮れ時につく寺の鐘)が鳴る頃、品川の道端《みちばた》の辺り(鈴が森)で、世にも珍しい動機の放火犯(お七)の身は焼かれて、哀れな煙となったのでした。
人はどんな道を歩んでも、死んで焼かれて煙になる事からは逃れられませんが、お七の場合は特に哀れに感じるものでした。


お七の処刑はもう昨日のことで、今朝見ると、焼かれたお七の塵も灰も無くて、鈴が森に吹く松風しか残っていません。
お七の処刑を伝え聞いた旅人は、素通りはせず、念仏などを唱えて、冥福を祈りました。
かくて、処刑の日にお七が着ていた、郡内縞《ぐんないじま》の小袖の切れ端までも、世間の人は拾い集めて、後々までの話のネタにしようと思ったのでした。
「何の縁《えん》が無い人でさえ、忌日《きじつ》ごとに樒《しきみ》を折って供え、この女(お七)を弔《とむら》っているのに、この女と契りを交わした若衆(吉三郎)が、どうしてこの女の最後の様子を、聞き尋ねる事さえしないのか、不思議で仕方がない」
と、人々は噂しました。
その頃、吉三郎は、お七を思うあまり病に伏せり、前後不覚の様子で、もう命も危うく、長くは生きられないような、夢とも現実ともハッキリしない状態でした。
それ故、人々は配慮して、
「お七が亡くなったことを知らせたら、おそらく吉三郎殿の命も失われてしまうだろう。
ただでさえ、いつもおっしゃっている言葉の端々からも察せられるように、身の回りの整理までして最後の時が来るのを、吉三郎殿は覚悟して待っておられます。
それなのに、先にお七が亡くなるとは、人の命とは思うようにならないものです」
と、うまく口裏を合わせて、
「今日か明日のうちに、その人(お七)はここにいらっしゃって、思うがままにお会いできますよ」
などと吉三郎には言いました。
すると、吉三郎は、ひときわ気を持ち直して、与えた薬をポイして、
「君(お七)よ恋し、その人(お七)はまだか」
と、とりとめもないことを、言うまでになりました。
そして、人々は、
「吉三郎殿は知らないでしょうが、今日はもう三十五日」
と、吉三郎に隠して、お七を弔いました。
それから四十九日の餅盛りなどをするために、お七の親類が吉祥寺に参って、
「せめてその恋人(吉三郎)の姿をお見せください」
と嘆きました。
寺の者は吉三郎の様子を語り、
「吉三郎殿に知らせたら、吉三郎殿が命を失って、また、悲しい思いをされることになるので、どうかこのままそっと」
と、しっかり筋を通して説明をしたので、
「さすが人として立派な方なので、お七が亡くなったことを聞いたら、おそらく生きてはおられないでしょう。
深く包み隠して、病気がよくなられた時、お七が言い残したことなどを語って慰めましょう。
それでは、我が子(お七)の形見として、それなりに思いを晴らすために」
と、お七の親は、卒塔婆を書いて立てました。
手向けの水を掛けると、流した涙も掛かって、乾く間もない墓石を見ると、
「人は亡くなるとこんな姿になってしまうのか」
と、悲しみを誘います。
無常が世の常《つね》(人は順番に亡くなって、世が移り変わる)と言いますが、これは、子に先立たれ、親の身があとに残される、逆さまの世です。
第五章に続く!ヾ(๑╹◡╹)ノ"
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