最終章です。お七亡き跡の吉三郎の運命は如何に?
原作では明かされないままだったお七の母の囁きの内容も、このブログでの考察を踏まえて、ちゃんと付け加えておきましたよ!
尚、本作では現代では不適切とされる表現が出てきますが、あくまでも江戸時代の文学作品に書かれている内容をそのまま紹介するのが目的であって、差別を助長する意図がない事をご了承ください。
『好色五人女』巻四「恋草を束ねた八百屋の物語」
第五章 諸事情により若衆から急に坊主になりました
命ほど頼りなくて、思うようにならないものはありません。
いっそ死んでしまっていたら、恨みも恋も無かったでしょうに、お七の百ヶ日に当たる日、吉三郎は伏せってから初めて枕から起き上がり、竹の杖にすがって寺の中を静かに歩き、病後初めての外出をしました。
すると新しい卒塔婆を見つけ、注意して見てみると、お七の名が書いてあったので驚きました。
「亡くなっていたことを知らなかったとはいえ、人は私が知らなかったとは思わないでしょう。
気おくれして死ねなかったと噂されているなら、悔しくて仕方がない」
と、吉三郎が腰の刀に手を掛けると、法師たちがすがり付いて、色々と説得して止めました。
「どうしても死なねばならない命ならば、長年親しくした兄分殿に別れの挨拶《あいさつ》をし、長老様にもお話して理解を得た上で、しっかり筋を通して最後をお遂げください。
なにしろ、あなたが兄弟の契約をされている方(兄分)が、あなたをこの寺にお預けになったのですから、その兄分殿に対して、どう説明すればいいのか、私たちが困ります。
あれこれよくお考えになって、これ以上、悪い評判が立たないように」
と、法師たちは、たしなめました。
吉三郎は、法師たちの説得に、もっともだと納得して、この場では自害を思い留まったのですが、それでもこの世に長く生き続ける気はありませんでした。
それから、法師たちが長老様に報告した所、長老様は驚きになって、
「あなたの身は、あなたが親しく契っている人(兄分)が、止《や》むを得ない事情で私にお頼みになったので、預かっております。
兄分殿は、今は松前《まつまえ》に行っておられ、この秋の頃には、必ずこの寺を訪れるという内容のお手紙を、近頃も何度も送ってこられました。
兄分殿がお越しになる前に問題が起こったら、真っ先に迷惑するのは私なのですよ。
兄分殿がお帰りになってからでしたら、あなたの身は、どうなりともお好きなようにできますので」
と、色々と吉三郎に忠言をされました。
吉三郎は、日頃のご恩もあるので、
「おっしゃる通りにいたしましょう」
と、長老の提案を受け入れられました。
それでも長老様は、ご心配になって、吉三郎から刃物を取り上げ、多くの番人をつけました。
どうしようもないので、吉三郎は自分の部屋に籠って、人々に、
「それにしても、自分がやらかしたこととはいえ、世間でディスられるのは悔しくて仕方ありません。
まだ兄分を持つ若衆の立場で、良くないこととは分かっていながら、その人(お七)の辛《つら》いほど私を恋い慕う気持ちを断り切れずに、受け入れてしまいました。
そればかりか、その人(お七)の命を奪うことにもなってしまうとは、そんな自分の身が悲しくて悲しくて。
衆道(男色)の神仏も、私を見捨てになられたことでしょう」
と語り、感極まって、涙を流しました。そして、
「特に兄分殿が帰られてからの対応を考えると、どんな顔をしてお会いすればよいかわかりません。
兄分殿が帰られるまでに、急いで最期を遂げたいのです。
しかしながら、舌を噛み切ったり、首を括《くく》ったりなどしては、世間の人々は、
『そんなユルい方法で命を絶つなんて』
などと言ってバカにする事でしょう。
どうか、最後の情けに刀を一本、お貸しくだされ。
これ以上、生きながらえても意味がありません」
と、さらに涙ながらに語りました。
その場にいた人々は、涙で濡れた袖を絞って、深く哀れんだのでした。
このことをお七の親が聞きつけて、
「お嘆きはもっともとは存じますが、お七が最期の時に、
『吉三郎殿に真実の愛がおありならば、浮世をお捨てになって、どういう形でも良いので出家されて、こうして命を失っていく私の亡き跡を弔ってください。
そうしていただけたら、決して吉三郎殿のことを忘れることはなく、来世までも私たちの縁は続くことになるでしょう。
そのように、吉三郎殿にくれぐれもお伝えください』
と、言い残しました」
などと、色々と吉三郎を説得しました。
しかし、吉三郎はなかなか聞き入れず、ついに覚悟を決めたようで、舌を噛み切る気配が見えた時、お七の母親は、吉三郎の耳の近くに寄って、しばらく囁《ささや》いたのですが、はてさて何を言ったのでしょうか?
おそらく、
「吉三郎殿は、舌は噛み切らないとおっしゃっていましたが、もちろん武士に二言はございますまい。
そもそも、お七のようなアバズレ女の後を追って死ぬのは、男として、武士として、いかがなものでございましょう。
気になさっていた世間の評判も悪くなろうものです。
吉三郎殿とお七が生涯の愛を誓ったことは承《うけたまわ》っております。
少なくともお七には必ず会わせますので、自害はおやめください。
お七は生きております」
というようなことを言ったのではないでしょうか。
吉三郎はうなずいて、
「そういうことであるならば」
と言って、命を絶つことを思い留まりました。
その後、吉三郎の兄分の人も帰ってきて、もっともな意見をしっかり言ったので、吉三郎は出家することになりました。
吉三郎の前髪が散るのが哀れで、剃髪した坊主もカミソリを投げ捨てました。
まるで盛りの花を一瞬で嵐が散らしたかのようです。
二人を比べてみると、命はあるものの、お七の最期より、吉三郎の出家の方がずっと哀れです。
これまでに見たことも無いような美しい僧になった吉三郎を見て、惜しまない者はいませんでした。
恋が原因で出家した者にはすべて、真の心があると言います。
吉三郎の兄分も故郷の松前に帰り、墨染の衣をまとって僧となったそうです。
それにしても、色々と入り乱れた恋でしたが、哀れなものです。
これが、無常であり、夢でもあり、現実でもあるのです。

おしまい!ヾ(๑╹◡╹)ノ"![]()
三つ目の出番も今回でおしまいにしたいヾ(๑╹◡╹)ノ"![]()
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