はい、今回は小泉八雲「茶碗の中」の元になった『新著聞集』5-24「茶店の水碗若年の面を現す」を紹介するわけですが、正直、小泉八雲が書いたお話とほぼ同じなので、あまり期待値を上げずにお読みくださいませ。
今回、画像を載せた『新著聞集』は、小泉八雲が所有していた『新著聞集』です。
小泉八雲が実際に読んだ、というか、妻のセツさんが読み聞かせた『新著聞集』と同じものを我々は見ることができる、良い世の中(?)になりました。






富山大学学術情報リポジトリ (富山大学附属図書館ヘルン文庫蔵)
『新著聞集』寛延二(1749)年刊、明治二十四(1891)年再版
【原文】
茶店《ちやてん》の水碗《すいわん》若年《じやくねん》の面《をもて》を現《げん》す
天和四年正月四日に中川佐渡守殿《なかがはさどのかミどの》、年礼《ねんれい》に御座《おハ》セし供《とも》に、堀田小三郎《ほつたこさぶらう》と言ふ人参り、本郷《ほんがう》の白山《はくさん》の茶店《ちやだな》に立ち寄り、休《やす》らひしに、召《め》し使《つか》ひの関内《セきない》と言ふ者、水を飲《の》ミけるが、茶碗《ちやわん》の中に最麗《いとうるハ》しき若年《じやくねん》の顔《かほ》映《うつ》りしかば、鬱悒《いぶセ》く思ひ、水を捨てゝ又 汲《く》むに、顔《かほ》の見えしかば、是非《ぜひ》無く飲《の》ミてし。
其の夜、関内《セきない》が部屋《へや》へ若衆《ワかしう》来たり。
「昼《ひる》ハ初《はじ》めて逢《あ》ひ参らセつ、式部平内《しきぶへいない》と言ふ者也」
関内《セきない》驚き、
「全《まつた》く我ハ覚え侍《はべ》らず。
扨《さて》、表《をもて》の門をバ何として通《とを》り来たれるぞや。
不審《いぶか》しき物なり、人には有らじ」
と思ひ、抜《ぬ》き打ちに切りければ、逃《に》げ出《い》でたりしを、厳《きび》しく追《を》ひ掛くるに、隣《となり》の境《さかひ》まで行きて見失ひし。
人〻《ひと/゛\》出合ひ、其《そ》の由《よし》を問《と》ひ、
「心得難し」
とて、扨《さて》止ミぬ。
翌晩《よくばん》、
「関内《セきない》に逢《あ》ハん」
とて、人来たる。
「誰《たれ》」
と問《と》へバ、
「式部平内《しきぶへいない》が使《つか》ひ、松岡平蔵《まつをかへいぞう》、岡村平六《をかむらへいろく》、土橋久蔵《つちばしきうぞう》と言ふ者なり。
思ひ寄りて参りし者を、労《いた》ハるまでこそなくとも、手を負《を》ハセるハ、如何《いかゞ》そや。
疵《きず》の養生《やうじやう》に湯治《とうぢ》したり。
来タル十六日にハ帰りなん。
其の時、恨《うら》ミを為《な》すべし」
と言ふを見れば、中〻荒けなき形《かたち》なり。
関内《セきない》、
「心得たり」
とて、脇指《ワきざし》を抜き、切り掛くれば、逃《に》げて件《くだん》の境目《さかひめ》まで行き、隣《となり》の壁《かべ》に飛《と》び上がりて、失《う》せ侍りし後、又も来たらず。
【現代語訳】
茶店の茶碗の中に若衆の顔が現れる
天和四(一六八四)年一月四日に、中川佐渡守《なかがわさどのかみ》(中川久恒)殿が、新年のあいさつ回りをされるお供として、堀田小三郎という人が参上しました。
本郷《ほんごう》の白山《はくさん》(現東京都文京区)の茶店に立ち寄って休んでいる時、堀田の召し使いの関内《せきない》という者が水を飲んでいたのですが、茶碗の中にとても美しい若衆の顔が映りました。
気味が悪く思い、水を捨ててまた汲《く》むと、また顔が見えたので、しかたなく、そのまま飲んでしまいました。
その夜、関内の部屋に若衆がやってきました。
「昼に初めてお会い申しました、式部平内《しきぶへいない》と言う者です」
関内は驚き、
「全く私には覚えがない者だ。
それにしても、表の門の警備をすり抜けて、どうやって通って来たのだ。
怪しい物だ、人間ではあるまい」
と思い、刀を抜くと同時に斬り付けました。
若衆が逃げて行ったのを、しっかり追い掛けたのですが、隣の家との境界まで行った所で見失いました。
家の人々が出てきて、どういうことか聞いてきたので、関内は説明したのですが、誰もが、
「さっぱりわからない」
ということで、その場は収まりました。
翌晩、
「関内に会いたい」
と言って、人が来ました。
「誰だ」
と聞くと、
「式部平内の使い、松岡平蔵《まつおかへいぞう》、岡村平六《おかむらへいろく》、土橋久蔵《つちばしきゅうぞう》という者である。
好意を寄せてやって来た者(平内)を、すぐにチョメチョメしろとまでは言わないが、それどころか怪我をさせるとはどういうことだ。
平内は傷の養生に湯治に行っている。
次の十六日には帰って来る予定だ。
その時に平内の恨みを晴らしますぞ」
と答えました。
改めて連中を見ると、なかなかガラが悪い感じの者たちでした。
関内は、
「わかった」
と言って、脇指を抜いて斬りかかると、連中は逃げて隣の家との境界まで行き、隣の壁に飛び上がって消え失せました。
そのあと、平内も使いも、二度と現れませんでした。
【解説】
はい、元作品でも、平内の正体はわからないままでした。
しかしながら、怪異の正体が分からないままなのは、この頃の怪談ではよくあるパターンで、珍しい事ではありません。
このお話で重点が置かれているのは、平内たちの正体ではなく、関内の勇ましさなのでしょう。
茶碗の中に顔が現れようが、若衆や使いが突然やってきても動じずに実力行使をする、要は、そんな関内の武勇伝ということです。
で、「茶碗の中」では分からなかったラスト、この『新著聞集』ではちゃんと書かれています。
関内の勇ましさに怖気づいたのか、ヤベェ奴と認識したのか、謎の若衆たちは、二度と現れなかったというのが、このお話の締めくくりです。
そう、小泉八雲は、「後、又も来たらず」の一文だけをカットしたのです。
茶碗の中に顔が映るという趣向は気に入ったものの、最後の展開は平凡でイマイチ気に入らなかったのでしょう。
そこで、最後の一文を削って、読者に想像をゆだねるようにしたのです。
ただのありふれた怪談話が、最後の一文を削るだけで、魅力的で印象に残る話に生まれ変わったというわけです。
そう、私は、小泉八雲の術中に見事にハマってしまったのでした。
あ、そうそう、小泉八雲がカットした部分がもう一か所ありますね。
それは、平内が関内のもとに現れた理由です。
平内の使いが、「思ひ寄りて参りし者を」としっかり言っていますね。
つまり、平内は妖怪か幽霊か分かりませんが、茶屋でたまたま見た関内に一目ぼれして、茶碗の中に姿を現したのですが、平内はその好意に気づかなかったので、姿を現して会いに行ったのですが、関内はいたわるどころか、有無を言わず斬り付けるという、そりゃあ、恨みも買いますわ。
この世のものではない存在が人間に恋をするという、男色怪異話でもあったというわけです。
しかし、当時の西洋の方にとって、日本の男色は忌み嫌うものであったようで、小泉八雲は男色描写をカットしてしまったわけです。
なので、ラストどころか、平内が関内の所に現れた動機まで不明になってしまったので、意図したかしなかったのか、ますますミステリアスな作品になったのです。
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僕も茶碗の中に現れようと思ったんだけど、サイズ感がヾ(๑╹◡╹)ノ"![]()

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