このお話の主人公は誰か?
「松風ばかりや残るらん脇差」と章題に名前が出て、中心に話が進む松風が当然、主人公と言えるでしょう。
ただ、このお話が収録されているのは、『武家義理物語』という題の短編小説集です。
この作品のコンセプトを踏まえると、別の人物が主人公と考えられます。
せっかくなんで、『武家義理物語』の序文を読んでみましょう。
武家義理物語 6巻. [1] - 国立国会図書館デジタルコレクション
武家義理物語 6巻. [2] - 国立国会図書館デジタルコレクション
井原西鶴『武家義理物語』貞享五[一六八八]年刊
※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しております。
【原文】
それ、人間《にんげん》の一心《いつしん》、万人《ばんにん》共に替ハれる事無し。
長釼《ちやうけん》差せば武士《ぶし》、烏帽子《ゑぼし》を被《かづ》けバ神主《かんぬし》、黒衣《こくへ》を着《ちやく》すれバ出家《しゆつけ》、鍬《くハ》を握《にぎ》れば百姓《ひやくしやう》、手斧《てをの》使ひて職人《しょくにん》、十露盤《そろばん》置きて商人《あきうと》を表せり。
其《そ》の家業《かげう》、面〃《めん/\》、一大事を知るべし。
弓馬《きうば》ハ侍《さぶらい》の役目《やくめ》たり。
自然《しぜん》の為に知行《ちぎやう》を与へ置《を》かれし主命《しうめい》を忘《わす》れ、時《とき》の喧嘩《けんくハ》、口論《こうろん》、自分《じぶん》の事に一命《いちめい》を捨《す》つるハ、誠有る武《ぶ》の道《ミち》にハ非《あら》ず。
義理《ぎり》に身を果《は》たせるハ、至極《しごく》の所《ところ》。
古今《ここん》、其の物語《ものがたり》を聞《き》ゝ伝へて、其《そ》の類《るい》を是《こゝ》に集《あつ》むる物《もの》ならし。
鶴永《かくえい》 松壽《しようじゆ》 [西鶴の印]
【現代語訳】
そもそも、人間の根本にある心というものは、どの人でも変わることはなく、同じものです。
太刀《たち》を差せば武士、烏帽子《えぼし》を被《かぶ》れば神主、袈裟《けさ》を着れば僧侶、鍬《くわ》を握れば農民、手斧《ちょうな》を使えば職人、ソロバンを置けば商人になるだけです。
ただ、その家業は各自、大切にしなければなりません。
弓術と馬術は武士の役目です。
万が一の時のために、主君に給与をいただいて雇われているのに、主君への忠義を忘れ、一時のケンカや口論という、主君のためではなく、自分の事で命を落とすのは、正しい武士道ではありません。
義理[武士(人)としてすべき正しい行い]を貫《つらぬ》いて命を捨てること[主君のために命を捨てること]こそ、武士として一番大切なことです。
昔から今にいたるまでの、武士が義理を貫いた物語を収集し、ここにひとまとめにして一冊としました。
井原西鶴
この作品は武士の義理、つまり、武士としてあるべき正しい姿、もっと踏み込んで言えば、主君への忠誠を守る武士を描いた作品という設定です。
となると、主君である信長が、
「兼ねて知れたる臆病男、主命を重んじ、一夜を勤め、死なずに帰る事、丹蔵には増したる武辺者」
と評価した柳田久六が、このお話の主人公と言えるでしょう。
(※このお話は序文での設定にピッタリハマっていますが、収録されているほかのお話の多くは、必ずしもこの設定に忠実ではなかったりします)
一応、文学研究的な観点からの検証では、この作品の主人公は、作品の構成から考えると松風、作品のコンセプトから考えると久六ということになりましょう。
でも、誰を主人公とみなすかは、読む人それぞれの視点があるので、自由に考えていただければ良いと思うのでございますのよヾ(๑╹◡╹)ノ"
【挿絵】
雪の夜・月の夜を殺害しようとした松風が、バレて取り押さえられる場面です。
こら三つ目! こっそり紛れ込むな!
西鶴作品の挿絵解説CD-ROMが収録されていますヾ(๑╹◡╹)ノ"
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