［３］采女は頼母に ZOKKON命(LOVE)　～『男色義理物語』～ - うきよのおはなし～江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ～

　【前回のあらすじ】

　才色兼備の少年深見頼母を、恋い慕う男は多かったのですが、侍従のお気に入りだったので、番人を立てられて、恋の道は固く禁じられていました。

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霞亭文庫 · 男色義理物語 · 東京大学学術資産等アーカイブズ共用サーバ
男色義理物語 : 4巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション
※赤字の書入れ等は筆者。

【原文】

（既に十六夜の春を迎へぬ夕つ方、南面の格子《かうし》を開けさせて、）脇息《けうそく》を押さへて、花の盛りをなだらかに打ち眺《なが》めたる顔付き、いとらうたげで匂やかなり。
　斯《か》かる所に、同じ流れに住みける三好采女《みよしうねめ》と言ゝて、是も十と言ゝ八ばかりも余り侍らん、人柄もいと健《すく》やかに、流石《さすが》形も麗《うる》はしふ有りけるが、脇息の風情《ふぜい》、世に怪しく、心惑《こころまど》ひて、「我魂も何方《いづち》往《い》にけん」と、踏む足もたど／゛＼しきまでに打ち見蕩《みど》れて、現《うつゝ》心ならず、ふと差し寄り、
「如何《いか》に花の夕映《ゆうば》く［夕映へ？］に御覧蕩《ごらんと》れて坐《いま》せ給ふハ、さぞな珍らかなる御歌支度《おんうたじたく》も有らんぞ」などゝ言ゝ聞こへければ、此の人、少し打ち側《そば》みて、
「然《さ》ればよ、心ハ巧《たく》ミにして、言葉の縁《ゑん》に基《もと》づかねば、自《おの》づから口無しの園《その》に居る心地なんめり」
　と言ゝ拵《しら》ひ侍りし。
　是ぞ早《は》や、思ひの元《もと》ゝ為《な》りて、其の後《ゝち》よりハ、只管《ひたすら》心も空《そら》に浮かれて、我かの気色《けしき》の持て行《ゆ》けバ、うつら／＼問ハづ語りも為《せ》まほしく、何時《いつ》しか露の命も危《あや》うく為《な》りて、淵《ふち》ならぬ床に臥《ふ》し沈み、夜もすがらに嘆き明かし、昼ハ蔀《しとミ》遣戸《やりど》を立て籠もりて、（其の事ゝ無く嘆き居けれバ、）

【現代語訳】

（深見頼母は、もう十六歳の春を迎えました。）

　そんなある夕方、南面の格子戸《こうしど》を開けさせ、脇息《きょうそく》［ひじ掛け］にもたれて、満開の桜を穏やかに眺めていました。

　その顔つきは、とても美しく可憐《かれん》です。

　ここに、唐橋侍従に仕えて同じ屋敷に住む、三好采女《みよしうねめ》という、これも十八歳になろうかという、人柄も真面目で、やはり容姿も美しい者が通りかかりました。
　頼母が脇息にもたれかかる様子が、この世のものとは思えず、采女は心が乱れて、「私の魂もどっかに行ってしまったようだ」と、足取りもたどたどしくなるまで見とれてしまい、正気を失った状態になってしまいました。

　そして、頼母にふと近づいて、

「いかにも、夕焼けに照らされてインスタ映えする桜の花に、見とれていらっしゃるようですが、さぞかし滅多《めった》にないような素晴らしい歌を、心の中でお詠みになってらっしゃるのでしょうな」

　と、聞こえるように言いました。

　頼母は、少し恥ずかしそうに顔をそむけ、

「そうなのですよ、心で色々思うばかりで、誰にも言葉で伝える機会が無いので、自然と口無しの園《その》［「何も言葉を発せない世界」の意。「梔子《くちなし》［花の名］」と掛かっている］に居る気分になります」
［『千載和歌集』所収の藤原道信の辞世の句「くちなし［口無し・梔子］の　園にや我が身　入りにけむ　思ふ事をも　言はで止《や》みぬる」を踏まえる］

　と、言いつくろいました。

　このことがすぐに、頼母への恋心の始まりとなり、その後、采女は、一途に心もフワフワとして、だんだん我を失ってしまい、ぼんやりとして独り言でも頼母と話したくなり、はかない命も危なくなって、淵に沈むのではなく、床《とこ》に沈んで臥せったのでした　

　夜は一晩中嘆き明かし、昼は蔀戸《しとみど》も遣戸《やりど》も閉めて立て籠もり、（わけもなく嘆くばかりなのでした。）

　【解説】

　侍従のお気に入りの頼母は、男が寄り付かないように監視されていたのですが、たまたま戸を開けて花を眺めている所に、三好采女は通りかかってしまい、その姿を見てしまったのが運の尽き、恋の病に臥せってしまうのでした。

「三好采女」は、『藻屑物語』『雨夜物語』では、「舟川采女《ふなかわうねめ》（船川采女）」となっています。
　なんで「采女」だけ残して苗字だけ中途半端に変えたんですかね？？？

　挿絵は、脇息にもたれて庭の桜の木を眺める頼母に、采女が近づいて話している様子です。