うきよのおはなし~江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ~

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[9]怪談「牡丹灯籠」(『伽婢子』より)~荻原が万寿寺で見たものは?~

 

 


『伽婢子《おとぎぼうこ》』[浅井了意作、寛文六(一六六六)年刊]巻三の三「牡丹灯籠」
国文学研究資料館所蔵 (CC BY-SA) 
新日本古典籍総合データベース

【原文】

 日も暮れ方に万寿寺《まんじゆじ》に入りて暫《しばら》く休みつゝ、浴室《よくしつ》《ふろや》の後ろを北に行きて見れバ、物古《ものふ》りたる魂屋《たまヤ》有り。
 差し寄りて見れバ、棺《くハん》の表《おもて》に、
「二階堂左衛門尉政宣《にかいどうさゑもんのじようまさのぶ》が息女《そくぢよ》弥子《いやこ》吟松院冷月禅定尼《ぎんセうゐんれいげつゼんでうに》」
 と有り。
 傍《かたハ》らに古き伽婢子《とぎぼうこ》有り。
 後ろに「浅茅《あさぢ》」と言ふ名を書きたり。
 棺の前に牡丹花《ぼたんくハ》の燈籠《とうろう》の古きを掛けたり。
「疑ひも無く是ぞ」
 と思ふに、身の毛 弥立《よだ》ちて恐ろしく、跡を見返らず、寺を走り出て帰り、此の日頃 愛《め》で惑ひける恋も冷め果て、我が家も恐ろしく、暮るるを待ち兼ね、明くるを恨ミし心も、何時《いつ》しか忘れ、
「今夜、もし来たらバ、如何《いかゞ》せん」
 と隣の翁が家に行きて、宿を借りて明かしけり。
「さて、如何すべき」
 と憂《うれ》へ嘆く。
 翁教へけるハ、
「東寺《とうじ》の卿公《きやうのきミ》は、行学《ぎやうがく》兼《か》ね備《そな》へて、しかも験者《げんじや》の名有り。

【現代語訳】

 日も暮れる頃万寿寺に入って、しばらく休みながら、寺の浴室後ろに行ってみると、古びた霊屋《たまや》[遺骸を安置して祭る建物]がありました。
 荻原は、近寄って見てみると、棺桶の表に、
「二階堂左衛門尉政宣《にかいどうさえもんのじょうまさのぶ》の娘 弥子《いやこ》、戒名・吟松院冷月禅定尼《ぎんしょういんれいげつぜんじょうに》」
 と記してありました。
 には古い伽婢子《とぎぼうこ》[お守り人形]があり、後ろ「浅茅《あさじ》」という名前書いてありました。
 棺桶の前には古い牡丹の花の灯籠がかけてありました。
「間違いなくこれはあの女の墓だ!」
 と思うと、恐怖のあまりぞっとして、後ろを振り返らずに、走り出て帰りました。
 近頃ずっとゾッコンだった冷めて、自分の家にいるのも恐ろしく、日が暮れ女が来るのを待ち兼ね夜が明け女が帰るのを恨んだ、あの時の気持ちも、いつしか消え去りました。
今夜、もしあの女来たら、どうしよう」
 と、隣のお爺さんの家に行って、一晩宿を借り夜を明かしました。
「さて、どうしたものか」
 と荻原は、つらく嘆きました。
 お爺さんは、
東寺《とうじ》卿公《きょうのきみ》は、修行学問のどちらも兼ね備えたお方で、しかも、修験者《しゅげんじゃ》として有名じゃ。

【解説】

 はい、確かに万寿寺の辺り、というか、万寿寺住んでましたねヾ(๑╹◡╹)ノ"ヾ(๑╹◡╹)ノ"ヾ(๑╹◡╹)ノ"
 古い霊屋《たまや》に祭られた棺桶埋葬されている「弥子《いやこ》」が、荻原を惑わせた美女の正体だと判明しました。
「二階堂政宣」の娘だというのもではなかったようで、それなりの身分の方だったから、霊屋祭られているのでしょう。
 副葬品「浅茅《あさじ》」というの書かれた古い伽婢子《とぎぼうこ》[お守り人形]が、女の童正体でしょうね。
 女の童持っていたのは、棺桶の前にかけられた古い牡丹の灯籠だという。
 はすっかり冷め恐怖のあまりにいることも出来なくなった荻原さんに、隣のお爺さんは、東寺《とうじ》の卿公《きょうのきみ》教えてくれたようですが、はてさて。

 挿絵は、霊屋に書かれた文字見ている荻原さんです。

 僕の正体は、実は伽婢子《とぎぼうこ》なんだヾ(๑╹◡╹)ノ"ヾ(๑╹◡╹)ノ"

 え? 禿坊主《はげぼうす》?ヾ(๑╹◡╹)ノ"

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