［５］世界の借屋大将　～井原西鶴『日本永代蔵』巻二の一～ - うきよのおはなし～江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ～

日本永代蔵 6巻 [1] - 国立国会図書館デジタルコレクション
※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しています。

【原文】

「早《はや》、渡して帰りぬ」
「此の家《いへ》に奉公《ほうこう》する程《ほど》にも無き者《もの》ぞ。
　温《ぬく》もりの冷めぬを請け取りし事よ」
　と、又、目《め》を懸《か》けしに、思ひの外《ほか》に減《かん》の立つ事、手代《てだい》、我《が》を折りて、喰《く》ひもせぬ餅《もち》に口を開《あ》きける。
　其《そ》の年《とし》明《あ》けて、夏《なつ》になり、東寺《とうじ》辺りの里人《さとびと》、茄子《なすび》の初生《はつな》りを目籠《めかご》に入れて賣《う》り来《き》たるを、七十五日の齢《よハひ》、是楽しミの一つハ弐文、二つハ三文に値段《ねだん》を定《さだ》め、何《いづ》れか二つ取らぬ仁《ひと》ハ無し。
　藤市《ふじいち》ハ一つを二文に買いて言へるハ、
「今一文で、盛《さか》りなる時ハ、大きなるが有り」
　と、心を付《つ》くる程《ほど》の事、悪しからず。

　屋敷《やしき》の空《あ》き地《ち》に、栁《やなぎ》、柊《ひいらぎ》、楪葉《ゆづりは》、桃《もゝ》の木、花菖蒲《はなしやうぶ》、薏苡仁《じゆずだま》等《など》取り混ぜて植《う》へ置《を》きしハ、一人有る娘《むすめ》が為《ため》ぞかし。
　葭垣《よしがき》に自然《しぜん》と朝皃《あさがほ》の生へ掛ゝりしを、
「同《をな》じ詠《なが》めには儚《はかな》き物」
　とて、刀豆《なたまめ》に植え替へける。
　何《なに》より我《わ》が子《こ》を見る程面白《をもしろ》きハ無し。

【現代語訳】

　若い者は、
「もう、餅を渡して餅屋は帰りました」
　と答えました。
　藤市は、
「この家で働く資格がない奴だ！
　温もりが冷めないうちに、餅を受け取るとは！」
　と怒り、餅の重さを量りなおしてみると、水分が蒸発して、思いのほか重さが減っていました。
　店の若い者は、呆然として、餅を食べてもいないのに、口をあんぐりと開けたのでした。

　その年が明けて夏になり、東寺辺りの里人が、初物のナスを目籠《めかご》に入れて売りに来ました。
　初物を食べると七十五日寿命が延びると言い、初物を食べるのは人々の楽しみの一つです。
　初ナスは、一つだと二文［一両を十万円で計算すると五十円］、二つだと値引きされて三文［同じく七十五円］だったので、みんな二つ買っていました。
　しかし、藤市は、一つを二文で買い、
「盛りの時期になったら、ナスの値段も安くなって、しかも大きいのが、残りの一文を出せば買える」
　と言い放ちました。
　藤市は、そういう所まで、注意を怠らずに倹約するのが、素晴らしいことです。

　藤市が、屋敷の空き地に柳、柊《ひいらぎ》、楪《ゆずりは》、花菖蒲《はなしょうぶ》、数珠玉《じゅずだま》など［いずれも行事などに使うことができる植物］を混ぜこぜで植えていたのは、一人娘のためです。
　また、葭垣《よしがき》［垣根の一種］に、自然に生えた朝顔のツルが巻き付いているのを見て、
「どうせ眺めるなら、こんな何の役にも立たないつまらない花ではなく、もっと使える物を見たいものだ」
　と言って、朝顔を抜き、刀豆《なたまめ》に植え替えたりもしました。
　藤市といえども、自分の子どもを見るのが、一番の楽しみです。

【解説】

　藤市が餅をすぐに受け取らなかったのは、冷めるのを待っていたからなんですね。

　搗《つ》きたては重くて、冷めると軽くなるとは！

　こういう知識が当時からあったのに驚きです。

　重さで値段を決めていたので、倹約家の藤市としては当然の行為でしょう。

　でも、餅は搗きたてがめでたい感じがして、普通はみんな喜ぶから、餅屋さんも急いで持ってきたわけで、お金の問題じゃないのですがねえ。

［４］世界の借屋大将　～井原西鶴『日本永代蔵』巻二の一～ - うきよのおはなし～江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ～

つきたてのお餅を即座に受け取ろうとしなかった理由・・・。餅が冷えると水分蒸発分軽くなるから、とか。重量当たりで支払いを決めているようなので。(*^。^*)
2023/07/04 05:44

　はい、 サンタ (id:santa-baking) さん、大正解です、さすが専門家！

　そして、初物のちっこいナス二つに三文を使うのではなく、同じ三文を出すなら、初ナスは一つで、もう一つは旬になったら大きなナスを買うという、ケチっぷり。

　初ナスを食べることに価値があって、旬のナスじゃ初ナスの代わりにならないと思うのですがね。

　そもそも、家族も従業員もいるのに、ちっこいナス一つとは、みんな一切れずつくらいしか食べれませんねヾ(๑╹◡╹)ﾉ"

　でも、本当にケチなら、町内の葬式に行かなきゃいいし、餅も初ナスも食べなきゃいいわけで、世間の最低限の行事は一応こなすのが、藤市の人間性と言うか、そこが滑稽なわけでヾ(๑╹◡╹)ﾉ"

　さて、藤市には一人娘がいまして、この娘に対しても藤市の倹約っぷりが発動するわけですが、それは次回でヾ(๑╹◡╹)ﾉ"