［６］世界の借屋大将　～井原西鶴『日本永代蔵』巻二の一～ - うきよのおはなし～江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ～

日本永代蔵 6巻 [1] - 国立国会図書館デジタルコレクション
※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しています。

【原文】

　娘《むすめ》大人《おとな》しく成《な》りて、頓《やが》て娌入《よめい》り屏風《べうぶ》を拵《こしら》へ取らせけるに、
「洛中盡《らくちゆうづ》くしを見たらバ、見ぬ所《ところ》を歩行《ありき》たがるべし。
　源氏、伊勢物語ハ、心の徒《いたづら》になりぬべき物なり」
　と、多田《たゞ》の銀山《かなやま》出盛《でさか》りし有様、書《か》ゝせける。
　此の心からハ、いろは哥［ここでは「いろはにほへと～」のいろは四十七文字のことではなく、いろは短歌（後述）のこと］を作りて誦《よ》ませ、女寺《をんなでら》へも遣《や》らずして、筆の道《みち》を教《をし》へ、酔《ゑ》ひもせず［いろは四十七文字の最後の一節］京［いろは四十七文字の最後に「京」が加えられることが多い］の賢娘《かしこむすめ》となしぬ。
　親の世智《せち》なる事を見習《みなら》ひ、八才より墨《すミ》に袂《たもと》を汚さず、節句《せつく》の雛遊《ひなあそ》びを止め、盆《ぼん》に踊《をど》らず、毎日《まいにち》髪頭《かミかしら》も自《みづか》ら梳《す》きて、丸曲《まるわげ》に結《ゆ》ひて、身の取り廻《まハ》し、人手に掛からず、引き習ひの真綿《まわた》も、着丈《きだけ》の竪横《たてよこ》を出来《でか》しぬ。
　何《いづ》れ、女の子ハ遊《あそ》バすまじき物なり。

　折節は正月七日の夜《よ》、近所《きんじよ》の男子を藤市《ふぢいち》方へ、
「長者に成り様《やう》の指南《しなん》を頼む」
　とて、遣はしける。
　座敷に燈《ともしび》輝かせ、娘《むすめ》を付《つ》け置《を》き、
「露地《ろぢ》の戸《と》の鳴《な》る時、知らせ」
　と申し置《を》きしに、此の娘《むすめ》、しほらしく畏《かしこ》まり、灯心《とうしん》を一筋《ひとすじ》にして、嘇《ものもう》の聲《こゑ》する時、元《もと》の如くにして、勝手《かつて》に入りける。

【現代語訳】

　娘が大きくなったので、藤市はやがて嫁入り屏風を作らせて与えたのですが、
「京の都の名所尽くしを見たら、見たことがない所に行きたがるだろう。
　『源氏物語』や『伊勢物語』の名場面は、必ず心を淫《みだ》らにするものだ」
　と、多田の銀山が隆盛であった頃の様子を描かせました。
　こういう教育方針で、藤市は自分でいろは短歌［いろは四十七文字を句の冒頭において作られた短歌。いろはカルタと同趣向。「犬《いぬ》も歩けば棒に当たる　論《ろん》より証拠　花《はな》よりだんご～」］を作って読ませ、女寺子屋にも通わせずに書道を教え、酒に酔うこともなく、京で評判の賢い娘に育て上げました。
　娘は、親の抜け目のなさを見習って、八歳から墨で袂を汚すこともなく、桃の節句の雛遊《ひなあそ》びもせず、お盆の小町踊りにも行かず、毎日、自分で髪を櫛《くし》でとかして丸髷《まるまげ》に結い、身の回りのことも人の手を借りず、綿入れ［防寒用に綿を入れた服］を仕立てる時も、全体に綿を均等に入れることができました。
　いずれにしても、女の子は遊ばせてはいけないものです。

　時は正月七日の夜、近所の者が息子たちを、
「長者になる方法を指南してやってくだされ」
　と、藤市の家に遣《よこ》しました。
　藤市は、座敷に灯《あ》かりを点《とも》して明るく輝かせ、娘をスタンバイさせて、
「露地《ろじ》の戸が鳴るのが合図だ」
　と申しつけました。
　この娘は、けなげに承《うけたまわ》り、客が来ないうちから灯火《ともしび》を明るく輝かせておくのはもったいないので、灯心《とうしん》を一筋に減らして待ちました。
　そして、露地の戸から「ごめんくさい」という声が聞こえると、灯火を元のように明るく輝かせて、台所に入りました。

【解説】

　藤市は、娘を倹約マシンに育て上げてしまったようです。

　子どもの頃から全く遊びというものに興味を持たせないようにし、ひたすら実用的な事だけをやらせる、今だったら児童虐待ですよね。

「女の子ハ遊バすまじき物なり」という言葉、おそらく作者の西鶴の本心ではなく、皮肉を込めて言っているのでしょう。

　ちなみに、これは、多田銀山ではありませんが、当時の銀山［生野銀山］の様子を描いたものです。

生野銀山孝義伝 - 国立国会図書館デジタルコレクション

　おそらく、このような絵が描かれていたと思われますが、年頃の女性が見る屏風の絵としては、あまりにも色気がないというかなんというか。。。

　次回で最終回です。