［10］藤屋市兵衛　～『古今犬著聞集』より～ - うきよのおはなし～江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ～

　今回、紹介する資料は、椋梨一雪《むくなしいっせつ》作『古今犬著聞集《ここんいぬちょもんじゅう》』［天和四（一六八四）年成立］巻六「藤屋市兵衛が事」です。

　『日本永代蔵』の出版が貞享五（一六八八）年なので、ほぼ同時期に書かれた資料です。

　ちなみに、『古今犬著聞集』巻十二「幽霊成仏之事」は、以前取り上げた「累ヶ淵」のお話の初出です。
kihiminhamame.hatenablog.com

※『古今犬著聞集』（東北大学附属図書館所蔵）
国書データベース

【原文】

　藤屋市兵衛が事

一、室町御池町、藤屋市兵衛ハ、朝夕の火を焼くゟ外《ほか》にハ、湯茶も沸かさず、咽《のど》の乾く時ハ、隣家に行きて呑みつ。
　髪も五日六日に一度づゝ結わせ、夏ハ帷子《かたびら》一つを洗い替えして、着替えも持ち侍らず。
　冬ハ木綿布子の古き二つ三つの外は無し。
　食ふ物とて、黒米飯《くろこめめし》に糠味噌汁《ぬかみそじる》、焼き塩の外は添へず。
　獨《ひと》り娘のあなりしを、下女奉公させしかバ、「心惜し」とて、三十余才ニて、首を括《くゝ》りて死ぬ。
　其れをも「哀れ」とやハ思ふ。
　去る程ニ、一代、千七百貫目の分限に成りて死ぬ。
　銀を積み置き、使ふ事無くハ、瓦礫に同じ。
　嗚呼《ああ》、無慙《むざん》也。
　餓鬼の苦患、此の世に受けて、来世、猶《なほ》哀れに社《こそ》侍れ。
　平左衛門市兵衛が志《こころざし》、過不及の違ひ、傍《かたは》ら痛く侍る。

【現代語訳】

　藤屋市兵衛の事

一、室町御池町の藤屋市兵衛は、朝夕の食事の用意で火を起こす以外は、湯も茶も沸かさず、のどが渇いた時は、隣家に行って飲みました。、
　髪も五日六日に一度ずつしか結わせず、夏は帷子《かたびら》を一枚だけ洗い替えして着て、着替えも持っていませんでした。
　冬は二、三枚の古い木綿布子以外は持っていませんでした。
　食事は、玄米飯に糠味噌汁《ぬかみそじる》で、焼き塩以外は添えませんでした。
　一人娘がいたのですが、下女奉公［ほかの家に下働きの女として出すこと］をさせたので、「悔しいです」と言って、三十数歳で、首を吊って死んでしまいました。
　それでも、市兵衛は「かわいそうに」とも思わなかったようでした。
　そうこうして、市兵衛は、一代で千七百貫目の金持ちになって死にました。
　銀を積み置いて使うことがなければ、瓦礫《がれき》と同じです。
　ああ、恥知らずとはこのことです。
　ろくな食事もせずに、餓鬼の世界のような苦しみを、生きているうちに受けて、死んでからも同じ苦しみを受けるとは、なんともあわれなことです。
　平左衛門市兵衛［「平左衛門」は市兵衛の通称か。それとも「平気の平左衛門」的な用法か］の信念は、あまりにも常識の範囲を逸脱していて、バカバカしく思います。

【解説】

『町人考見録』では、藤市の資産は二千貫目［約三十三億円］でしたが、ここでは千七百貫目［約二十八億円］になっています。
　まあ、どちらにしても約三十億なので、誤差の範囲ですかね。
　なお、三百貫目［約五億円］が誤差の範囲になってしまう、恐ろしい世界（笑）

　のどが乾いたら隣の家に飲みに行くという、徹底したドケチっぷりには驚愕です。
　まあ、ここで書かれているエピソードが全て事実かどうかはわかりませんが、当時の人には、それぐらいのドケチだと認識されていたのでしょう。

　それにしても、娘さんを、下女奉公に出してしまうとは。
　三十過ぎまで下女奉公させているということは、完全に結婚させる気はなかったようで。
　ちゃんと跡取りの二代目はいるので、娘はわざわざ結婚させる必要はないと判断したのでしょうか。
　嫁に出すのにも金がかかるので、娘さんを嫁には出さず、お金が入ってくる下女奉公に出したのでしょうが、娘さんは、やっぱりほかの商家の娘と比べると、自分の境遇がさぞかし辛いものに感じたでしょう。
　娘さんが亡くなったのに、市兵衛さんは大した事とも思わなかったようで、ドケチを極めるあまり、人の心を無くしてしまったのでしょうか？

　私は市兵衛さんのように、金持ちになるために人の心を無くすくらいなら、貧乏のままでいいです、はいヾ(๑╹◡╹)ﾉ"

　どちらにしても、みなさん、何事もほどほどに！