玉水物語 2巻 | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
※この記事では、京都大学貴重資料デジタルアーカイブの画像を、適宜改変して使用しています。
【原文】
さしたる科[咎]《とが》も無きに殺したれバ、などか思ひ知らせざらん。
我も此の娘を悩まし、命を取りて思ひをさせんと思う也」
と語る。玉水、
「理《ことハり》なれど、衆生無着証《しゆじやうむじやくしやう》[?]化城品《けじやうほん》[※法華経の一節]と名付けたり。
さりながら、業《ごう》に引かれて六道に迷う罪に拠(よ)りても、元の三途に帰る事、身より出せる炎也。
我等畜類也。未だ業因《ごうゐん》盛ん也。
然《しか》りと言へども、善根《ぜんこん》をもせバ、など今度人体を受けざるべき。
又人体ハ佛の体《たい》也。
心 違《たが》ハずバ、などか今度は仏にならざるべき。
幾程《いくほど》あらぬ世中に一旦の念に引かれて、忽《たちま》ちに此の病者を失い給ハゞ、かの罪と言ゝ、また多くの人の嘆きを受け給ひなん。
何事も報いの物成れバ、さあらバ、猟師の手にも掛ゝり給ふか、さらずバ、三途に帰り給ハん事の儚《はかな》さよ。
たゞ然《しか》るべきハ、立ち退《の》きて助け給へ」
と言へバ、古狐、目を見出して申す様《やう》、
「人界に生まるゝ物、佛の教えに拠りてなり。
されバ、佛も度/\現じて、忽ちに人の命をも断ち給ふ。
我に起こす罪《つミ》ならず、彼らが招く罪《ざい》成れバ、努々《ゆめ/\》身に過《あやま》ち無し。
終日《ひめもす》に座禅工夫して我が心を見るに、心に種無し。理(り)を
【予習の答え】
たゝしかるへき
ハ立のきてたすけ給へ
【さっくり現代語訳】
この病人の父は、ワシの大事な子を、これと言った悪さをしたわけでもないのに、殺しやがったので、復讐してやるのじゃ!
ワシもこの娘を病気にして殺し、こいつの父に思い知らせてやるのじゃ!」
と言いました。玉水は、
「お怒りになるのはごもっともですが、仏の教えを思い出してくだされ。
もし、この病人を殺してしまったら、死後にその罪を裁かれ、また畜生《ちくしょう》[ケダモノ]に生まれることになってしまいますが、それは自業自得と言うものです。
私たちは畜生です。まだ、前世の罪を償《つぐな》っている最中です。
[※仏教の教えでは、前世での行いによって、来世で何に生まれるか決まる]
しかしながら、現世で善《よ》い行いを重ねれば、今度は人の体に生まれ変わることができましょう。
また、人の体は仏の体でもあります。
正しく生きれば、今度は仏にもなることができるのです[成仏できるのです]。
もう生い先も短いのに、一時の感情に任せて、ただちにこの病人を殺してしまったら、人殺しの罪だけでなく、病人が亡くなったことによる多くの人の悲しみや恨みを、伯父様は受け止めねばならぬのですよ。
何事も犯した罪は返ってくるもので、伯父様はおそらく猟師に撃たれたりして酷《ひど》い死に方をするでしょう。
それだけでなく、人殺しの罪によって、また畜生に生まれ変わることになるでしょうから、なんとまあ愚かなことでしょう。
悪いことは言いませんから、すぐにここから立ち去って病人を助けなされるのが良いでしょう」
と諫《いさ》めました。
すると伯父は目をひんむいて、
「人間の世界に生まれた者どもは、仏の教えが支配している。
なので、仏もちょくちょく人間の世界にやってきて、悪さをした人間の命を奪ってしまわれる。
今回の件も、ワシが罪を犯しているわけではなく、奴らが自ら招いた罪による仏の罰なので、全くワシには非の打ち所がないというわけじゃ。
一日中座禅をして、自分の心の中を見てみた所、心の種というものはなかった。
真理というものを
【解説】
現代語訳は仏教用語はなるべく出さずにわかりやすくしましたが、一応、本文に出てくる「六道」と「三途」の説明をしておきますね。
六道というのは、天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道のことで、業(ごう)[前世での行い]によって、死後、この六つの道のいずれかに生まれ変わります。
その中で、三途というのは、畜生道・餓鬼道・地獄道のことで、悪行をしたものが生まれ変わる道になります。
つまり玉水や伯父は、前世で悪いことをしたから、キツネ[畜生]に生まれ変わったというわけです。
どうも、このお話、百合系ではなく、仏教説話っぽくなってきましたね。
玉水の言い分に従った方が良いと思うのですが、とりあえず、伯父の反論も聞きましょう。
次回の予習
伯父は延喜の帝の話を出して反論するようです。
三つ目コーナー
三つ目は前世で何をして三つ目に生まれたんだろうね?
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