東本願寺　～『金草鞋』初編下巻～ - うきよのおはなし～江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ～

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国立国会図書館デジタルコレクション
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【原文】

　山下通り車坂の下、亀屋と言ふ奈良茶屋の前より、右の方へ真つ直ぐに行《ゆ》くと、三国一《さんごくいち》と言ふ甘酒の看板有るを、千久羅坊見るより、

「此処《こゝ》さあに、三国一《みこくふとつ》と書いてあらア、何《あん》だんべい」

案内「あれハ甘酒さ」

「甘酒たア、飯《めし》で拵《こさ》へた酒の事《こん》であんべい。
　其れを三国一《みこくふとつ》と言ひ申すか。
　我意《がい》にさあ、長つたらしい名で御座らア。
　儂共《わしども》の国さあでハ、鍋尻餠《なべじりもち》の突つ突き潰し酒と言ひ申すハ、ハヽヽヽヽ」

●其れより御堂《みどう》へ参るに、近頃、御造営成就して、結構なり。

狂「空さあへ　届く御堂《おどう》ハ　二重《にぢう》にて　こりやア波銭《なミセん》　御門跡《ごもんぜき》だア」

狂「三五十《さんごじう》　御門《ごもん》と知らで　御座るべい　団子《だんご》の様《やう》に　並ぶ坊様」

「はい／＼、一文下さりませ。
　お抜きなさるが御面倒様なら、其の刺しごとで良ふ御座ります」

「わん／＼／＼、其方辺《そつちら》の手に提げてゐる物ハ、何だ、わん／＼」

「さつき、御隠居さんが、『追っ付け、御門跡様《ごもんぜきさま》の前へ行つたら、甘酒を飲ませやう』と言ひなさつたが、沙汰が無い。
　もし／＼隠居さん、何ぞお忘れハなさいませぬか」

「喧《やかま》しい奴だ、脇目をせずに、さつ／＼と歩け／＼」

「はゝあ、此の婆様《ばあさま》ハ、年寄だな、奇妙／＼」

「主《にし》ヤア、酒が好きか、好きなら勝手に飲みなさろ、其方《そつち》の銭《ぜに》で」

【現代語訳】

　山下通りの車坂の下の、亀屋という奈良茶屋［料理茶屋］の前を、右に曲がって真っ直ぐ行くと、「三国一《さんごくいち》」［日本・中国・インドの三国で一番］と書いてある甘酒の看板がありました。
　これを見て、千久羅坊、

「ここに、『三国一《みこくふとつ》』と書いてあるが、何だべ？」

案内人
「それは、甘酒だ」

千久羅坊
「甘酒は飯《めし》で作った酒のことだべな。
　それを『三国一《みこくふとつ》』と申すのか。
　ひどく長ったらしい名前でござるなあ。
　ワシどもの国では、『鍋尻餠《なべじりもち》［牡丹餅《ぼたもち》］の突っ突き潰し酒』と言い申すわ、ははははは」

　それから、東本願寺に参詣しました。
　近頃、お堂の造営が完成して、それはまあ立派でした。

狂歌
「空に届くほど高いお堂は、屋根が二重になってますなあ。
　波銭《なみせん》［裏が波形の模様の、寛永通宝四文銭のこと］の紋［もん。模様のこと］みたいで、こりゃあ波銭御門跡［ごもんぜき。東本願寺の通称が「門跡」］とでも言うべきだなあ」

狂歌
「三五［さんご］が十五［じゅうご］だと知らないわけはないように、ここが御門［ごもん。東本願寺］だと知らないわけはないべ。
　なにしろ団子［だんご］のように、お坊様が並んでますからなあ」

物乞い
「はいはい、一文くださいませ。
　一文だけ取り出すのがご面倒でしたら、銭差《ぜにさし》ごと下さっても、よろしゅうございます」

野良犬
「わんわんわん、小僧さん、そっちの手に持っているものは何だわん」

小僧
「さっき御隠居さんが、
『このあと御門跡様［東本願寺］の前に行ったら、甘酒を飲ませてやろう』
　と言いなさったが、全くその様子がない。
　もしもし御隠居さん、何かお忘れではありませんか」

御隠居
「やかましい奴だなあ、脇目を振らずにさっさと歩け」

延高
「はあ、このバア様は、ずいぶん年寄りだな、おもしろい、おもしろい」

千久羅坊
「お前さん［案内人］は酒が好きか？
　好きなら勝手に飲むがいい、もちろん自分の金で」

　【解説】

　東本願寺前での一コマです。
　野良犬や物乞いが普通に道にいた時代なんですよね。

　相変わらず、狂歌の内容が難解なんですが、なんとかかんとか頑張って訳してみたので、そのあたりはどうかご容赦くださいませヾ(๑╹◡╹)ﾉ"

　東本願寺の門前に甘酒屋があったみたいですね。
「三国一」という宣伝文句を甘酒の別称だと勘違いした上に、「長ったらしい名前」とディスる千久羅坊ですが、「鍋尻餠の突っ突き潰し酒」の方がよっぽど長ったらしい名前ですヾ(๑╹◡╹)ﾉ"
　しかも、案内人にお酒をおごるかと思いきや、「自分の金で買って飲め」とケチ臭いです（笑）

　お寺参りが優先の御隠居様と、甘酒が飲めるか気になって仕方がない小僧さんの、ほのぼのとしたやり取りがありますが、それを見て延高は「この婆様は、ずいぶん年寄りだなあ」と失礼極まりないですね（笑）

　今回のルートはこちら↓