(平太郎の氏神)
新日本古典籍総合データベース
※この記事では、国文学研究資料館所蔵品の画像データを適時加工して利用しています。 (CC BY-SA 4.0)
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【原文】
扨、其れより前に出し上下着たる男、ふと立ち出て申す様《やう》は、
「某《それがし》の名ハ山本《サンモト》五郎左衛門《ごろうざえもん》と申して、天下の魔王にて候《さふら》ふ也。
三界《さんがい》の國〻を廻りて、勇氣強き人の歳十六になるを誑《たぶら》かす事、打ち續きて、百の数を積もり候へバ、魔王の頭《かしら》と成《な》り申す也。
然るに、當時、我と同じく、其の業《わざ》を為《な》しける真野悪五郎《しんのあくごろう》と申す者有り。
是と共に彼の頭と成るの争ひを為し候ふ也。
然《さ》れバ、此の五郎左衛門ハ此の度《たび》、追《つい》に八十五人を續け申せども、八十六人に當たる其許《そのもと》を誑かす事能《あた》わず、此の故に、又改めて百の数を積もり申さでは、此の願叶ひ候はず。
誠に口惜しくは候へども、又〻思へば、其許の如く勇氣也ハ、実に世に稀《まれ》にて、今、其処《そこ》の勇氣を以て、彼の惡五郎にた比べ申さバ、悪五郎ハ劣り候ふ也。
又、其の手業《てわざ》とても、我が数積もりぬるにも及バず。
然《さ》あれバ、此の後、もし悪五郎當家に来るとも、其の時は五郎左衛門も同じく来りて、其許に力を合はせ、悪五郎、我が目の前に引き裂きて見せ申すべし。
其処の勇氣に我が手業を合わせ申さバ、悪五郎を退治する事ハ易く候」
など、平太郎勇氣、世に優れ、稀成る趣《おもむき》、委敷《くわしく》物語しける由。
其の時、平太郎ハ咄し聞きつゝ傍《かたへ》を見れバ、冠《かんむり》装束《しやうぞく》 厳《おごそ》かなりける人、半身現れて彼の五郎左衛門が物語 応《いら》へせられしとぞ。
「是は氏神なるべし」と申しける。
彼の男、物語済みて、「今夜を限りに帰りける」由、申しぬ。
【現代語訳】
さて、それから、先ほどの裃《かみしも》を着た男が、ふと出て来て、
「私の名前は山本五郎左衛門《さんもとごろうざえもん》と申して、天下の魔王である。
あらゆる国々を巡って、強い勇気を持つ十六歳の人間を、続けて百人、たぶらかす[騙《だま》して惑《まど》わす]ことができれば、魔王の中のボスになれる。
ところが、今、私と同じく、このチャレンジをしている、真野悪五郎《しんのあくごろう》と申す者がいる。
こいつと私は、魔王のボスになる争いをしている。
そういうわけで、この五郎左衛門は、この度、ついに八十五人を連続でたぶらかすことに成功したのだが、八十六人目に当たるお前をたぶらかすことが出来なかった。
連続でたぶらかせなかったので、カウントが0になり、私はまた改めて最初からもう一度、百人たぶらかすチャレンジをやり直して達成しなければ、魔王のボスになる願いを叶えることができない。
とても残念ではあるが、よくよく考えると、お前のように勇気がある人間は、非常に世の中で珍しく、今、お前の勇気をもって悪五郎と勝負をすれば、悪五郎の方が劣っているであろう。
また、悪五郎の魔力も、私がこれまで積み重ねてきたものに到底及ばない。
なので、今後、もし悪五郎がこの家に来たとしても、その時は私も同時に来て、お前と力を合わせ、私は目の前で悪五郎を引き裂いてみせよう。
お前の勇気と私の魔力を合わせれば、悪五郎を退治することは簡単だ」
などと、平太郎の勇気が、この世でも優れて珍しいということを、詳しく話したのでした。
その時、平太郎が話を聞きながら横を見ると、冠や装束からして威厳《いげん》のある人が、半身だけ現れて、この五郎左衛門の話に反応していました。
「これはお前の氏神であろう」と五郎左衛門は言いました。
そして、五郎左衛門は話し終わり、「今夜を最後に帰ることにする」と言いました。
【解説】
男の正体は、山本五郎左衛門《さんもとごろうざえもん》という魔王でした!!!
いやあ、この時代から、ドラクエみたいに、最後に出て来るのは魔王だったんですね(笑)
魔王はただでさえ、魔物[妖怪]の王[ボス]なのですが、どうやら魔王は一人ではないようで、魔王の中のボスを決める争いが行われているようです。
※仏道修行を妨げる悪魔の王、第六天魔王《だいろくてんまおう》のことも魔王と言う。織田信長はこの第六天魔王を名乗った。
魔王の中のボスになる条件は、十六歳の男子を百人続けてたぶらかす事。
十六歳はちょうど元服するあたりの年齢で、一番ピチピチしている時期の男性を狙ったチャレンジなんでしょうね。
平太郎に対して、ひと月の間、数々の怪異を起こしたのは、魔王の中のボスになるチャレンジの一環だったわけです。
というか、平太郎、何回もたぶらかされていたような気がしますが、魔王基準では、たぶらかした内に入らなかったんでしょうね(笑)
その山本五郎左衛門と魔王のボスを争うライバルは真野悪五郎《しんのあくごろう》。
魔王の名前には「五郎」を入れるという決まりがあるのでしょうか?(笑)
そして、今更現れる平太郎の氏神、最初から出て来て平太郎を守ってやってくださいよ!(笑)
僕は「魔王《まおう》」じゃなくて、「阿呆《あほう》」って呼ばれるよヾ(๑╹◡╹)ノ"
僕は「たぶらかす」ことはしないけど、「油かす」は食べるよヾ(๑╹◡╹)ノ"
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