新日本古典籍総合データベース
※この記事では、国文学研究資料館所蔵品の画像データを適時加工して利用しています。 (CC BY-SA 4.0)
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【原文】
稲生平太郎《いのうへいたろう》ハ、藝州《げいしう》の人にて、其の年十六歳、妖怪の為に悩まさるゝ事、三十日。
然れども、怡然《いぜん》として抱かず、怪異 竟《つひ》に退くに至る。
所謂《いわゆる》、勇悍《ゆうかん》の士也と。
吾が養寿大夫人は、安藝少将吉良朝臣の女也。
寛政年間、平太郎、江府に至る。
夫人召して、其の怪異の終始を問ふ。
平太郎、時に六十餘歳、後にその始末を記し、その形状を圖に表して夫人に呈す。
然れども、藝矦《げいこう》深く此の事の世に聞こえん事を悪《にく》む故を以《も》て、秘して出さず。
発端に西州と云はるも又、此の故 歟《か》。
今、茲《ここ》に文化六 己巳《つちのとみ》六月、故《ゆえ》有りて其の本を見る事を得て、自筆を謄写《とうしや》す。
其の説、信用し難しと雖《いえど》も、又、悉《ことごと》く虚説《きよせつ》にも非《あら》じ。
右の故を以て、予も又、深く秘して他見許さずと云ふ。
小倉外臣《こくらがいしん》 猪飼正彀《いかいまさはる》
右、天保十五 中春《ちゆうしゆん》、中野氏ヨリ申し請け、政行 之《これ》を写す
【現代語訳】
稲生平太郎《いのうへいたろう》は、芸州《げいしゅう》[安芸国《あきのくに》。広島県]の人で、十六歳の時、妖怪に三十日間悩まされました。
しかし、平太郎は楽しんで何とも思わず、怪異を起こした妖怪はとうとう退散したのでした。
平太郎は、言うまでも無く、勇敢な武士です。
私が仕える小倉藩の養寿大夫人《ようじゅだいふじん》[豊前国《ぶぜんのくに》小倉藩主《こくらはんしゅ》小笠原忠総《おがさわらただふさ》(一七二七~一七九〇年)の正室《せいしつ》[本妻]能姫《のうひめ》。法名《ほうみょう》養寿院《ようじゅいん》]は、安芸少将吉長朝臣《あきしょうしょうよしながあそん》[安芸国広島藩主 浅野吉長《あさのよしなが》(一六八一~一七五二)]の養女です。
寛政年間[一七八九~一八〇一年]、平太郎は江戸にいました。
養寿大夫人は平太郎を召して、その怪異の一部始終を尋ねました。
平太郎はこの時六十歳余りで、後に怪異の一部始終を記し、その様子を絵に描いて養寿大夫人に進呈しました。
しかし、芸侯《げいこう》[広島藩主]が、この事が広く世間に知れ渡るのを嫌がり、隠して表に出しませんでした。
この物語の発端で「西州[西の方の国]」とぼやかして書かれているのも、芸州のことだというのを隠すためだったのでしょうか。
文化六[一八〇九]年 己巳《つちのとみ》[へび年]六月、今ここに縁があって、その本を見ることが出来、平太郎の自筆を書き写しました。
この話の内容は、信じがたいものですが、全て作り話とも思えません。
なので、私もまた、しっかり隠して、他の人に見せないように言います。
by 小倉外臣《こくらがいしん》[小倉藩に外から来て仕えた家臣] 猪飼正彀《いかいまさはる》
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以上、天保十五[一八四四]年二月、中野氏に頼まれて、政行がこの本を写しました。
【解説】
広島藩主の養女である小倉藩主の正妻養寿院が、
平太郎十六歳の時に広島の三次《みよし》で起こった怪異に興味を持ち、
江戸にいた平太郎[藩主の正妻は江戸に滞在するのが基本。この時、養寿院は夫を亡くして既に出家していたか。当時平太郎は広島藩の家臣で、参勤交代等で江戸勤務だったか]を呼び出し、
寛政年間に怪異の一部始終を書かせた本を、
小倉藩に仕える猪飼正彀が文化六年に写し、
更に天保十五年に中野氏から頼まれた政行が写したのがこの本ということです。
中野氏と政行は無名の一般武士だと思われ詳細は不明ですが、その他の人物は実在が明らかです。
なお、この本と同じ猪飼正彀のあとがきと署名がある写本は何冊も残されています。
なんだ、全然隠してないじゃん(笑)
しかも、本文はほぼ同じでも、写本によって挿絵が全く違ったりします(笑)
※別の写本→ 新日本古典籍総合データベース
平太郎自筆という割には、明らかに第三者が書いた文体になっていますが、そんな矛盾なども気にしてはいけません(笑)
、、、実際は、中二病の平太郎が遊びで考えて語った話がおもしろかったから、誰かがメモして、それが写されて伝わっていっただけだったりして(笑)
『稲生物怪録』は平太郎の黒歴史なのかもしれませんヾ(๑╹◡╹)ノ"ヾ(๑╹◡╹)ノ"ヾ(๑╹◡╹)ノ"
僕はここにいるよ~ヾ(๑╹◡╹)ノ"
お前も一緒に空に帰れば良かったのにヾ(๑╹◡╹)ノ"
『稲生平太郎妖怪記』(『稲生物怪録』)おしまい
【三つ目からの挑戦状~くずし字クイズ(前回の答え合わせ)】
◆インフォメーション
※北見花芽の中の人も少しだけ付録CDで担当しています。
※付録CDに『武太夫物語絵巻』(『稲生物怪録』)が収録されています。
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