［１］累ヶ淵～『新著聞集』より～ - うきよのおはなし～江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ～

　「累ヶ淵」のお話の初出は、椋梨一雪《むくなしいっせつ》作『古今犬著聞集《ここんいぬちょもんじゅう》』［天和四（一六八四）年成立］巻十二「幽霊成仏之事」です。

『古今犬著聞集』は、出版されたものではなく、写本で伝わったものですが、この『古今犬著聞集』に記載された話を元に脚色して、仮名草子として出版された、残寿《ざんじゅ》作『死霊解脱物語聞書《しりょうげだつものがたりききがき》』［元禄三（一六九〇）年刊］によって「累ヶ淵」のお話は世間に広まりました。

　今回、読むのは、『新著聞集』［寛延二（一七四九）年刊］巻十三「絹川の二霊念仏生を転ず」です。

『新著聞集』は『古今犬著聞集』などを再編集した説話集なので、『古今犬著聞集』「幽霊成仏之事」と『新著聞集』「絹川の二霊念仏生を転ず」はほぼ同内容です。
　つまり、今回読むのは、脚色されたものではなく、ほぼオリジナルに近い「累ヶ淵」のお話です。

　別に『古今犬著聞集』を読んでもよかったのですが、使用できる画像の状態が『新著聞集』の方が見やすかったので、今回は『新著聞集』の方を読むことにしました。

国書データベース
※国文学研究資料館所蔵 (CC BY-SA)　

【原文】

　絹川《きぬがわ》の二霊《にれい》念仏《ねんぶつ》生《しやう》を轉《てん》ず

　下総《しもをさ》岡田郡《をかだごほり》羽生村《はにうむら》の與右ヱ門《よえもん》と言ふ者ハ入り聟《むこ》にて有りしが、妻《さい》の累《かさね》の姿《すがた》甚《はなハ》だ醜《むにく》きのみに非《あら》ず、心延《こころば》へまで奸《かだま》しき似非者《えせもの》なれば、絹川《きぬがわ》に誘ひ行き、突《つ》き落とし、沈《しづ》め殺《ころ》し、同村の法蔵寺《ほふぞうじ》ニて、妙林《ミヤうりん》と法名《ほふミやう》し、吊《とぶら》ひしハ、正保《セうほう》四年八月十一日なり。
　其の後、与右ヱ門、妻《さい》を迎《むか》ゆれども、死《し》せる事五人なり。
　六人目の妻《さい》、娘菊《きく》を産む。菊《きく》十三歳の寛文十一年八月中旬に母《はゝ》ハ身罷《みまか》りし。
　翌年《よくねん》正月四日より、菊《きく》甚《いた》く病《ヤ》ミ、日〻に重り、同じく廿三日に、口より泡《あハ》を吐《は》き、眼《まなこ》を怒《いか》らし、父《ちゝ》を睨《にら》ミ、
「我ハ二十五年以前に、絹川《きぬがわ》にて殺《ころ》されし累《かさね》なり。

【現代語訳】

「絹川の二人の霊は、念仏によって成仏する」

　下総国《しもうさのくに》岡田郡《おかだごおり》羽生村《はにゅうむら》［現・茨城県常総市羽生町］の与右衛門《よえもん》という者は、入り婿《むこ》でしたが、妻の累《かさね》は、容姿が醜いだけでなく、性格もねじ曲がった、意地の悪い者でした。
　なので、与右衛門は累を絹川《きぬがわ》［鬼怒川］に誘い出し、突き落として沈め殺し、羽生村の法蔵寺《ほうぞうじ》で妙林《みょうりん》という戒名《かいみょう》を授かって弔《とむら》ったのは、正保四［一六四七］年十一月のことでした。
　その後、与右衛門は、後妻を迎えたのですが、後妻は次々と五人も亡くなってしまいました。
　六人目の妻は娘の菊を産みました。
　菊が十三歳の寛文十一［一六七一］年八月中旬に母［六人目の妻］は亡くなりました。
　翌年の正月四日より、菊はたいそう病み出し、日を追うごとに症状は重くなりました。
　同月二十三日に、菊は口から泡を吹き、怒りの眼《まなこ》で父［与右衛門］を睨《にら》み、
「我は二十五年前に絹川で殺された累である。

【解説】

　具体的な地名、年月日が書かれ、いかにも実話っぽい構成になっています。

　悪妻の累《かさね》に耐え切れなくなった夫の与右衛門が、累を絹川に沈めて殺す所から物語が始まります。

　与右衛門は後妻を迎えるのですが、次々と亡くなり、六人目の妻も娘の菊が十三歳の時に亡くなってしまいます。

　そして、謎の病に倒れた菊の口から出てきたのは、二十五年前に与右衛門によって殺された累の名でした。

　ちなみに、『古今犬著聞集』には、「寛文十一年八月中旬に菊が母、身罷りし。同年の冬、菊に聟《むこ》を取りし。其の翌年正月四日より菊煩ひ」とあるのですが、『新著聞集』では、なぜか菊が婿を取った記述がカットされています。

　逆に、『新著聞集』では累の性格的な難について言及されていますが、『古今犬著聞集』では、「女［累］の姿、見憎《みにく》しとて、絹川より突き落として殺し」と、単に容姿が醜いから殺したことになっています。