一行は、隅田川の土手の方に出ます。




※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しています。
金草鞋 1編 - 国立国会図書館デジタルコレクション
諸国道中金の草鞋 1 - 国立国会図書館デジタルコレクション
※損傷個所は可能な限り修正しています。
※赤字の書き入れは筆者。
【原文】
其れより土手の方《かた》へ出て、見囲《みめぐり》(三囲)稲荷へ参詣して、
狂
「有り難へ 田を見巡《みめぐ》りの 稲荷様 うざね吐くべい 四つ足でもさ」
此の土手通り真つ直ぐに、白髭《しらひげ》の明神にて、
狂
「参詣の 人も腰さあ 打《ぶ》つ屈《かゞ》め 爺《ぢんぢい》めかす 白髭の宮」
此の所を遙かに過ぎ、木母寺《もくぼじ》に参り、梅若《むめわか》の塚の前にて、
狂
「盗人《ぬすつと》に 花を押《お》つ圧《ぺ》し 折られたる 梅若童《むめわかわらし》 惨《めご》い事した」
其れより後《あと》へ戻りて、渡し舟に打ち乗り、真崎《まつさき》の方《かた》へ渡る。
誠に此の角田川《すみだがは》の景色、自《おの》づから閑静にして、言わん方無く、勝景の眺望なり。
案内
「モシ、向ふに都鳥《ミやこどり》と言ふが居《お》りやす。
此処《こゝ》ハ業平《なりひら》が、『いざ言《こと》問はん都鳥』と詠んだ古跡《こせき》さ」
千久羅
「何《あに》、俺《うら》が国さ、あの川岸だんべい。
あの鳥さあが、何《あに》いざこざを言ふもんだ」
「成程、此の土手の景色ハ他《ほか》には無《ね》へ。
平生出して置くハ、惜しい物だ。
仕舞つて置けば良《い》ゝに」
「本《ほん》に此の土手を仕舞つて置かふならバ、天王様《てんわうさま》の幟竿《のぼりざほ》を仕舞つて置く様《やう》に、横にして置ゐてハ邪魔になるだろうから、麴町《かうじまち》の井戸へ縦に突つ込んで、仕舞って置くが良かろう。
何《ナン》ト良《い》ゝ案じか、どふだ/\」
「昨日、御侍《おさぶらい》が此の渡し場へ御座《ござ》つて乙《おつ》な事を言つて、舟を呼ばつしやりました」
「何《なん》と言つて」
「『コリャ/\、拙者舟《せつしやぶね》/\』と」
【現代語訳】
それから土手の方へ出て、三囲稲荷《みめぐりいなり》に参詣しました。
狂歌
「ありがたいことだ、田を見巡《みめぐ》る(見て回る)三囲稲荷《みめぐりいなり》様のおかげで[「見巡」と「三囲」を掛けた]、田を荒らす獣《けもの》たちも厄介《やっかい》がってるべ」
この土手通りを真っ直ぐに進んで、白髭明神に着きました。
狂歌
「白髭明神では、参詣の人も腰をかがめて、爺臭くなるべ[「白髭」は老人のイメージ]」
ここをずっと進んで、木母寺《もくぼじ》に参詣し、梅若塚の前で狂歌を詠みました。
狂歌
「人さらいに花を押し折られてしまった(命を奪われてしまった)[梅若の母、花御前とも掛かるか]梅若童子よ、本当にひどいことをするもんだ」
[平安時代、比叡山の稚児梅若は、人さらいに連れて行かれ奥州に向かうが、道中の隅田川のほとりで病死してしまう。その梅若を祀ったのが梅若塚]
それから来た道を戻って、渡し舟に乗り、真崎《まつさき》の方に渡りました。
本当にこの角田川《すみだがわ》(隅田川)の景色は、自然ともの静かで、言うまでもなく、素晴らしい眺めです。
案内人
「もし、向こうに都鳥と言う鳥がいます。
ここは在原業平《ありわらのなりひら》が『いざ言《こと》問わん都鳥』と詠んだ旧跡さ」
千久羅坊
「なに? あの川岸の方角は、都じゃなくて、オラの国だべ。
あの鳥がなんで「いざこざ」を言うんだ?[「いざこと」を「いざこざ」と勘違いした]」
土手の通行人A
「なるほど、この土手の景色は、ほかには無い。
いつも出しておくのはもったいない。
しまっておけばいいのに」
土手の通行人B
「ほんと、この土手をしまっておくには、天王様《てんのうさま》のお社の幟竿《のぼりざお》をしまっておくように、横にして置いたら邪魔になるから、麹町《こうじまち》の井戸に縦に突っ込んで、しまっておくのが良いだろう[麹町は高台なので井戸が深い]。
なんと良いアイデアだ、どうだ、どうだ」
渡し舟の船頭
「きのう、お侍さんが、この渡し場に来なさって、シャレたことを言って、舟を呼びなさった」
渡し舟の客
「何と言ったんだ?」
渡し舟の船頭
「『こりゃ、こりゃ、拙者舟《せっしゃぶね》、拙者舟』と言いなさった[「渡し舟」の「わたし(私)」を、武士の一人称の「拙者」に変えて言った]」
【解説】
冗談めいた狂歌ばかり詠んでいる二人ですが、梅若に関しては、同情を寄せています。
梅若が連れて行かれようとした奥州は二人の故郷ですので、何か思う所があるのでしょうか。
【江戸切絵図】
今回のルートはこんな感じでしょうね。

〔江戸切絵図〕 隅田川向島絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション
〔江戸切絵図〕 今戸箕輪浅草絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション
三囲稲荷の所には、「夕立や 田を見巡り(三囲)の 神ならば」という宝井其角の句が書かれています。
本文中の狂歌も、この句を踏まえたのかもしれませんね。
歌の通り、三囲稲荷の周りには田んぼが多く描かれています。
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見て見て、「長命寺 名物桜餅」だって、じゅる


