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[4]羅漢寺の栄螺堂 ~『金草鞋』初編後編上巻~

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 鼻毛延高と千久羅坊の二人は、深川八幡宮から羅漢寺にやってきました。

 

 

 

 

※この記事では国立国会図書館デジタルコレクションの画像を適宜改変して使用しています。
金草鞋 1編 - 国立国会図書館デジタルコレクション

諸国道中金の草鞋 1 - 国立国会図書館デジタルコレクション
※損傷個所は可能な限り修正しています。
※赤字の書き入れは筆者。


【原文】

 深川八幡より木場《きば》の方へ出て、扇橋を渡り、釜屋堀と言ふ辺りより左へ曲がりて、本所五つ目の羅漢寺に到りける。
 栄螺堂《さゞゐだう》と言うを聞ゝて、

狂「精進の お寺様にやァ 似合《にヤ》ハ無い 栄螺堂たァ 生臭い名だ」

千久羅
「此の御寺、念仏を「さゞゐだんぶつ/\」と言ふだんべい」
案内
「ナニ、此の御寺は黄檗宗《わうばくしう》だから、「なむおミとうふう/\」と念仏を言ひやす」
千久羅
「ハァ、其処《そこ》さあ、御寺だけでござらァ。
 栄螺を豆腐にしたものだんべい。
 豆腐で南瓜《かぼちヤ》が唐茄子《とうなす》だ」

「此の本の作者めが、俺《うら》が狂歌をあだけた事にしおつた。
 何《あに》、歌を詠むに国言葉あ言ふもんか。
 是から上方の行脚《あんぎや》、本当の歌さあ詠んで見知らかしてやるべい」

「あの天辺《てつべん》に居《お》る鳥さあ、何《あん》と言ふ鳥だんべい。
 鶴にしちヤァ、蠟燭立《らうそくた》てが無いやうだ」
「そんな古い洒落《しやれ》を言ひ召さるな。
 江戸の人《ふと》が笑い申すハ」

「是から家《うち》へ帰つて、昼飯を嚊殿《かゝあどの》と二人、取り膳で食うべい。
 菜《さい》ハ無くても、其れが旨《うめ》へとけつかる」
「あの人達の言ふこたァ、さつぱり分からない。
 栄螺に豆腐に南瓜に唐茄子と言ふ料理が、何処《どこ》の国に有るもんだ。
 栄螺なら壺焼き、南瓜ならバ胡麻汁《ごまじる》に決まつた物だ」
「長松《ちよま》やい、早く来さいの/\。
 主《ぬし》の所《とこ》の兄《せ》なァと、俺《うら》の姉《あんね》いが、面白い事をして居らァ。
 早く来て見さいの/\」

 


【現代語訳】

 深川八幡宮富岡八幡宮)から木場の方へ出て、扇橋を渡り、釜屋堀という所の辺りで左に曲がり、本所五つ目の羅漢寺にやってきました。

 羅漢寺には栄螺堂《さざゐどう》という建物があるのを聞き、千久羅坊は狂歌を詠みました。

千久羅坊の狂歌
「栄螺堂なんて生臭い名前は、精進をするお寺様には似つかわしくないなあ」

千久羅坊
「このお寺ではきっと念仏を「栄螺陀仏《さざゐだんぶつ》」[「南無阿弥陀仏」をもじった]と唱えるんだべ」
案内人
「いや、このお寺は黄檗宗《おうばくしゅう》だから、「南無阿弥豆腐《なむおミとうふう》」[「南無阿弥陀仏」をもじった。精進料理の「黄檗豆腐」を踏まえる。栄螺堂なので「御御堂《おミどう》」とも掛かっている]と念仏を唱えます」
千久羅坊
「はあ、ワシのシャレに返すなら、そこはお寺の念仏のことだけじゃ物足りないですぞ。
 お前さんはワシの栄螺を豆腐に変えただけだべ。
 豆腐で南瓜が唐茄子だ(似たり寄ったりの事を言いなさるな)[当時の流行語「道理で南瓜が唐茄子だ」の「道理」を「豆腐」に言い換えた。南瓜も唐茄子も同じ野菜を指すことから「似たり寄ったり」の意]

千久羅坊
「この本の作者は、オラの狂歌を笑いものにしよった。
 もう、歌を詠むのに、お国言葉は使うもんか。
 このあとは上方旅行に行くから、本当の歌というものを詠んで、思い知らせてやるべ」

延高
「あの屋根のてっぺんにいる鳥は、なんという鳥だべ。
 鶴にしちゃあ、ロウソク立てが無いようだが[燭台に鶴のデザインがよく使われる]
千久羅坊
「そんな古臭いシャレを言いなさるな。
 江戸の人が聞いたら笑いますぞ」

百姓男
「これから家に帰って、昼飯をおっかあ(妻)と二人で、向かい合って食べるべ。
 おかずは無くても、おっかあと一緒に食べるだけで旨えんだ」
子守娘?
「あの人たち(千久羅たち)の言ってることはサッパリ分からない。
 栄螺に豆腐に南瓜に唐茄子なんて料理は、どこの国にあるものか。
 栄螺なら壺焼き、南瓜なら胡麻汁に決まってるもんだ」
子守娘
「長松《ちょま》や、早くおいで。
 お前の兄さんとオラの姉が面白ことをしてるよ。
 早く来て見なさいよ」

 


【解説】

 千久羅坊と案内人のシャレは、村人には理解できなかったみたいですが、私もよく理解出来てなかったりします(笑)
「栄螺を豆腐《とうふ》ならぬ塔《とう》にしたんだべ」って解釈もできそうです。
 当時のサザエとカボチャの定番メニューは壺焼きと胡麻汁みたいで、サザエの壺焼は分かるのですが、カボチャの胡麻汁は知らないので気になります。

 最後、子守娘は、おそらく男女がチョメチョメなことをしてるのを見つけて、年下の男の子に見せようとしてるんでしょうね。
 ある意味、性教育でしょうか(笑)



 【江戸名所図会】

 栄螺堂の全体像も見ておきましょう。


江戸名所図会 7巻 [18] - 国立国会図書館デジタルコレクション


 正式名称は三匝堂《さんそうどう》で、文字通り、サザエみたいな形をしているから、サザエ(サザヰ)堂と呼ばれています。
 残念ながら、現存はしていません。


【江戸切絵図】


 深川八幡宮から羅漢寺までのルートはこんな感じでしょうか。


〔江戸切絵図〕 深川絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

 釜屋堀という名称は書かれていませんが、おそらく釜座の辺りの堀の事だと思われます。
 羅漢寺の周りは田畑に囲まれているので、お百姓さんが描かれているのでしょうね。



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