鼻毛延高と千久羅坊の二人は、深川八幡宮から羅漢寺にやってきました。




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金草鞋 1編 - 国立国会図書館デジタルコレクション
諸国道中金の草鞋 1 - 国立国会図書館デジタルコレクション
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※赤字の書き入れは筆者。
【原文】
深川八幡より木場《きば》の方へ出て、扇橋を渡り、釜屋堀と言ふ辺りより左へ曲がりて、本所五つ目の羅漢寺に到りける。
栄螺堂《さゞゐだう》と言うを聞ゝて、
狂「精進の お寺様にやァ 似合《にヤ》ハ無い 栄螺堂たァ 生臭い名だ」
千久羅
「此の御寺、念仏を「さゞゐだんぶつ/\」と言ふだんべい」
案内
「ナニ、此の御寺は黄檗宗《わうばくしう》だから、「なむおミとうふう/\」と念仏を言ひやす」
千久羅
「ハァ、其処《そこ》さあ、御寺だけでござらァ。
栄螺を豆腐にしたものだんべい。
豆腐で南瓜《かぼちヤ》が唐茄子《とうなす》だ」
「此の本の作者めが、俺《うら》が狂歌をあだけた事にしおつた。
何《あに》、歌を詠むに国言葉あ言ふもんか。
是から上方の行脚《あんぎや》、本当の歌さあ詠んで見知らかしてやるべい」
「あの天辺《てつべん》に居《お》る鳥さあ、何《あん》と言ふ鳥だんべい。
鶴にしちヤァ、蠟燭立《らうそくた》てが無いやうだ」
「そんな古い洒落《しやれ》を言ひ召さるな。
江戸の人《ふと》が笑い申すハ」
「是から家《うち》へ帰つて、昼飯を嚊殿《かゝあどの》と二人、取り膳で食うべい。
菜《さい》ハ無くても、其れが旨《うめ》へとけつかる」
「あの人達の言ふこたァ、さつぱり分からない。
栄螺に豆腐に南瓜に唐茄子と言ふ料理が、何処《どこ》の国に有るもんだ。
栄螺なら壺焼き、南瓜ならバ胡麻汁《ごまじる》に決まつた物だ」
「長松《ちよま》やい、早く来さいの/\。
主《ぬし》の所《とこ》の兄《せ》なァと、俺《うら》の姉《あんね》いが、面白い事をして居らァ。
早く来て見さいの/\」
【現代語訳】
深川八幡宮(富岡八幡宮)から木場の方へ出て、扇橋を渡り、釜屋堀という所の辺りで左に曲がり、本所五つ目の羅漢寺にやってきました。
羅漢寺には栄螺堂《さざゐどう》という建物があるのを聞き、千久羅坊は狂歌を詠みました。
千久羅坊の狂歌
「栄螺堂なんて生臭い名前は、精進をするお寺様には似つかわしくないなあ」
千久羅坊
「このお寺ではきっと念仏を「栄螺陀仏《さざゐだんぶつ》」[「南無阿弥陀仏」をもじった]と唱えるんだべ」
案内人
「いや、このお寺は黄檗宗《おうばくしゅう》だから、「南無阿弥豆腐《なむおミとうふう》」[「南無阿弥陀仏」をもじった。精進料理の「黄檗豆腐」を踏まえる。栄螺堂なので「御御堂《おミどう》」とも掛かっている]と念仏を唱えます」
千久羅坊
「はあ、ワシのシャレに返すなら、そこはお寺の念仏のことだけじゃ物足りないですぞ。
お前さんはワシの栄螺を豆腐に変えただけだべ。
豆腐で南瓜が唐茄子だ(似たり寄ったりの事を言いなさるな)[当時の流行語「道理で南瓜が唐茄子だ」の「道理」を「豆腐」に言い換えた。南瓜も唐茄子も同じ野菜を指すことから「似たり寄ったり」の意]。
千久羅坊
「この本の作者は、オラの狂歌を笑いものにしよった。
もう、歌を詠むのに、お国言葉は使うもんか。
このあとは上方旅行に行くから、本当の歌というものを詠んで、思い知らせてやるべ」
延高
「あの屋根のてっぺんにいる鳥は、なんという鳥だべ。
鶴にしちゃあ、ロウソク立てが無いようだが[燭台に鶴のデザインがよく使われる]」
千久羅坊
「そんな古臭いシャレを言いなさるな。
江戸の人が聞いたら笑いますぞ」
百姓男
「これから家に帰って、昼飯をおっかあ(妻)と二人で、向かい合って食べるべ。
おかずは無くても、おっかあと一緒に食べるだけで旨えんだ」
子守娘?
「あの人たち(千久羅たち)の言ってることはサッパリ分からない。
栄螺に豆腐に南瓜に唐茄子なんて料理は、どこの国にあるものか。
栄螺なら壺焼き、南瓜なら胡麻汁に決まってるもんだ」
子守娘
「長松《ちょま》や、早くおいで。
お前の兄さんとオラの姉が面白ことをしてるよ。
早く来て見なさいよ」
【解説】
千久羅坊と案内人のシャレは、村人には理解できなかったみたいですが、私もよく理解出来てなかったりします(笑)
「栄螺を豆腐《とうふ》ならぬ塔《とう》にしたんだべ」って解釈もできそうです。
当時のサザエとカボチャの定番メニューは壺焼きと胡麻汁みたいで、サザエの壺焼は分かるのですが、カボチャの胡麻汁は知らないので気になります。
最後、子守娘は、おそらく男女がチョメチョメなことをしてるのを見つけて、年下の男の子に見せようとしてるんでしょうね。
ある意味、性教育でしょうか(笑)
【江戸名所図会】
栄螺堂の全体像も見ておきましょう。


江戸名所図会 7巻 [18] - 国立国会図書館デジタルコレクション
正式名称は三匝堂《さんそうどう》で、文字通り、サザエみたいな形をしているから、サザエ(サザヰ)堂と呼ばれています。
残念ながら、現存はしていません。
【江戸切絵図】
深川八幡宮から羅漢寺までのルートはこんな感じでしょうか。


〔江戸切絵図〕 深川絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション
釜屋堀という名称は書かれていませんが、おそらく釜座の辺りの堀の事だと思われます。
羅漢寺の周りは田畑に囲まれているので、お百姓さんが描かれているのでしょうね。
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三つ目堂って無いのかな? 僕の目みたいに窓が三つ並んでるの


