一行は向島から隅田川を渡し舟で渡って、真崎稲荷に参詣しました。




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金草鞋 1編 - 国立国会図書館デジタルコレクション
諸国道中金の草鞋 1 - 国立国会図書館デジタルコレクション
※損傷個所は可能な限り修正しています。
※赤字の書き入れは筆者。
【原文】
角田川《すみだがは》の渡しを向かふへ渡りて、真崎《まつさき》の稲荷へ参る。
此の所に御出《おい》で狐《ぎつね》と言ふ有り。
案内の男、茶屋の婆に言ひ付け、油揚げを台に乗せ、供へさせ、「御出《おい》でよ/\」と呼ばせければ、狐の子、幾《いく》つとも無く[何処《いづく》とも無く?]出《い》で来たりて、油揚げを食らうも一興《いつけう》なり。
狂
「狐殿《けつねどの》に 化かされべいか 知らないが 豆腐《とうふ》[遠く]に居れバ 油揚《あぶら》げ[危なげ]ハ無い」
「さあ/\、御出《おい》でよ/\」
「婆《ばゞ》あ/\、早く其の油揚げを持つて来い。
気の利か無《ね》へ奴だ」
「何《あん》だか馬鹿されべいと思つて、気味《きび》たが悪い。
眉毛《こうのけ》さあへ、唾《つばき》のう、くつ付けますべい」
「あの狐が今 此処《こゝ》へ十六七の娘に化けて出ると奇妙だのふ、婆さん」
婆《ばゞ》
「狐よりか、儂《わし》も五十年ばかり後《あと》にやァ、十六七で美しい娘で御座つたが、もふこんな白髪婆《しらがばゞあ》に化けました」
「成程、御前《おめへ》、若い時にハ良かつたろう。
今でも親父殿と、毎晩楽しむだろう」△
[案内人の左のスペースに続きのセリフが書かれていたはずだが、何らかの理由(おそらく下品過ぎた)で出版前に削除されたと思われる]
「もし、江戸へ来なさつて得なことは、昼狐を御出《おひだ》したを、初めて見なさつたであろう」
【現代語訳】
隅田川の渡しを対岸へ渡って、真崎稲荷《まつさきいなり》にお参りしました。
ここには「おいで狐」なるものがあります。
案内の男は、茶屋の婆《ばば》に言い付けて、油揚げを台に乗せて供えさせ、「おいでよ、おいでよ」と呼ばせました。
すると、狐の子が何匹か出てきて、油揚げを食らうので、なかなか面白いものです。
狂歌
「狐殿に化かされるかもしれないが、豆腐(遠く)に居れば油揚《あぶら》げ(危なげ)はない」[油揚げは豆腐を揚げたもの]
茶屋の婆
「さあ、さあ、おいでよ、おいでよ」
狐
「ババア、ババア、早くその油揚げを持ってこい。
気が利かねえ奴だなあ」
千久羅坊
「なんだか化かされそうで気味が悪い。
眉毛に唾をくっ付けますべ[狐に化かされないおまじない]」
延高(?)
「あの狐が、十六、七歳の娘に化けて、ここに出てくるかと思うと、奇妙なことだなあ、婆さん」
茶屋の婆
「狐どころか、ワシも五十年ばかり前は、十六、七歳で、美しい娘でござったが、もうこんな白髪ババアに化けましたわ」
延高(?)
「なるほど、おめえも若い時は美しかったんだろうな。
今でも親父殿と毎晩楽しんでるんだろ」
案内人
「もし、江戸へ来なさって得したことは、昼狐を呼び出したのを初めて見なさったことだろう」
【解説】
おいで狐の事は当時の書物で散見します。
餌付けして客寄せをしていたんですかね。
でも、本当に狐って油揚げを食べるんかしら???
狐の言葉遣いが悪いこと悪いこと。
【江戸名所図会】


江戸名所図会 7巻 [17] - 国立国会図書館デジタルコレクション
真崎稲荷の裏の石浜神明宮の奥の「狐崫」と書いてある所に、狐は住んでいたみたいですね。
【江戸切絵図】
ルートは前回と被ってるので、前回の使い回しです。


〔江戸切絵図〕 隅田川向島絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション
〔江戸切絵図〕 今戸箕輪浅草絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション
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「赤いきつね」と「赤いみつめ」、どっちがいい?


