近頃のマスクの値段の高騰で、ふと、江戸時代のソロリコロリの騒動を思い出しました。
前にもこの件については触れたことがあるのですが、今回はちゃんと資料を出して読んでみようと思います。
この件はもちろん江戸時代の資料にも見られるのですが、今回は、この件がまとめられていた、明治四十四年刊の宮武外骨著『筆禍史』を使用したいと思います。
明治時代の著作物でもまだ現代語訳が必要と言うねヾ(๑╹◡╹)ノ"
筆禍史 - 国立国会図書館デジタルコレクション
【原文】
元禄六年四月下旬、或る所の馬、物語りしには、「本年、ソロリコロリと呼べる悪疫流行す。之《これ》を除《よ》けんには、南天の實と梅干しを煎《せん》じて呑《の》めよ」と。且《か》つ「病《やまひ》除けの方書《かたがき》」とて一小冊を發兌《はつだ》せし者あり。奇を好むは人情の習ひ、一犬虚を吠え、萬犬が實を傳えて、江戸の人々大いに驚怖《きょうふ》し、南天の實と梅干しを買ふ程に、其の價常よりも二十倍し、唯《ただ》此の事のみ喧《かまび》すく、世業《せいぎょう》も手に付かず、是に依《よ》りて六月十八日、月番の町奉行 能勢《のせ》出雲守《いづものかみ》より布告に曰く、
「一 頃日、馬物言ひ候ふ由《よし》、申し觸れ候。個様《かよう》の儀申し出し、不届《ふとどき》に候。何者申し出し候ふや。一町 切《せつ》に順々話し、次者先々段々書き上げべく候。初めて申し出し候ふ者、之《これ》有り候はゞ、何方《いずかた》の馬物言い候ふや、書き付け致し、早々申し出る可《べ》し。殊《こと》に藥の方、組迄申し觸れ候由、何れの醫書に之《これ》有り候ふや。一町切に人別探偵書き付け、差し出す可《べ》く候。隠し置き候はゞ、曲事《くせごと》たるべく候間《さうらふあいだ》、有體《ありてい》に申し出る可《べ》き物也」
斯《か》く厳重に觸れしかば、各町に於《お》いて探索せしに、此の事の起こりは、俳優見習ひの斎齋甚五兵衛《さいとうじんごべえ》という者、堺町《さかいちやう》市村座にて市川團十郎の乗りし馬となりしに、甚五兵衛 贔屓《ひいき》の者見物に來たりしかば、甚五兵衛馬のまゝにて應答せりという落語を、当時の落語家 鹿野武左衛門《しかのぶざゑもん》と言へる者作りて、『鹿の巻筆《まきふで》』と名付けし書に筆《ひつ》しに基《もと》づき、神田須田町 八百屋総右衛門《やおやそうゑもん》并びに浪人 筑紫園右衛門《つくしそのゑもん》申し合はせ、附會《ふかい》の説を成《な》し、梅干し呪方《じゆはう》の書物等を以《も》つて、金銀を欺《あざむき》き取りし事ども露顕《ろけん》せしかば、關係の數人 入牢《にふらう》の末、翌元禄七年三月、筑紫園右衛門は首謀なれば、江戸中引き廻しの上 斬罪《ざんざい》となり、八百屋総右衛門は流罪のところ牢死せり。
落語家武左衛門は右の妖言《およづれごと》及び詐偽《さぎ》一件に毫《ごう》も關係あるにあらねど、畢竟《ひつきやう》するに、妖言の種となるべき、由なし事を記述して版行し、それがため人心を狂惑《きやうわく》せしめし科《とが》によりて、同年三月二十六日、伊豆の大島へ流され、板木元彌吉と言へるは追放となり、刻板は焼き捨てとなる。武左衛門は大島にて六ヶ年 謫居《たつきよ》せしが、元禄十二年四月 赦免《しやめん》になりて江戸に帰れり。然《しか》れども、身體疲労の為、同年八月歿す。歳五十一。
【現代語訳】
元禄六[一六九三]年四月、とある所の馬が、
「今年、ソロリコロリという悪い病気が流行するヒヒン。
この病気になるのを防ぐには、南天の実と梅干しの種を煎じて飲めばいいパカパカ」
と人の言葉で話したという噂が流れました。
その上「病気の防ぎ方」という小冊子を発行する者まで現れる始末。
奇妙なことを好むのは人間の習性なのでしょうか、一匹の犬のようなバカ者が嘘を流したら、たくさんの犬のようなバカ者が本当の事として広めてしまいます。
そのため、江戸中にこの噂が広まり、人々はパニックになって、南天の実と梅干しを買いまくったので、南天の実と梅干しの価格が、いつもの二十倍にもなってしまいました。
みんな、仕事も手につかなくなるほどになったので、六月十八日、その月の担当の町奉行、能勢《のせ》出雲守《いずものかみ》がお触れを出しました。
「最近、馬がしゃべってドウタラコウタラという噂が出ている。
こんな噂を流すのはとんでもないことである。
誰が言い出したのか、町ごとに上の者から下の者に順々にしっかり説明し、担当者が逐一書面で報告しなさい。
最初に言い出した者が見つかったら、どこの馬がこんなことを言ったか、すぐに書き記して申し出なさい。
特に病除けの薬に関しては、武家屋敷の方まで噂が広まってきているので、どの医学書に書いてあるのか、しっかり報告しなさい。
しつこいようだが、町ごとに一人一人しっかり調べて報告書を提出しなさい。
もし、当該の人物をかくまったりしたら、違法行為でとんでもないことになるので、悪いことは言わないから、その人物が見つかったら、嘘偽りなく申し出なさい。」
このように厳しいお触れが出たので、町ごとに調査したところ、事の発端は、当時の落語家の鹿野武左衛門《しかのぶざえもん》と言う者が、『鹿の巻筆《まきふで》』と名付けた本に書いた落語にありました。
その落語は、
「俳優見習いの斎藤甚五兵衛《さいとうじんごべえ》という者が、堺町《さかいちょう》市村座で市川団十郎の乗る馬の下半身の役をすることになりました。
そこに甚五兵衛のファンたちが見物にやって来たので、甚五兵衛は馬の尻の役なのに、思わず声を出して、声援に応えてしましまいました。」
というものです。
この話にヒントを得て、神田須田町の八百屋総右衛門《やおやそうえもん》と浪人の筑紫園右衛門《つくしそのえもん》が悪だくみを思い付いて共謀し、馬が病気の流行と防ぎ方をしゃべったというデマを流し、梅干しのおまじないの本などを作って、人々から金銀を騙《だま》し取ったことが発覚したのです。
関係者数人が捕まって牢屋に入れられ、翌年の元禄七年三月、筑紫園右衛門は主犯なので、江戸中を引き回されてからクビチョンパとなり、八百屋総右衛門は島流しになる所でしたが、その前に牢屋で亡くなりました。
落語家鹿野武左衛門は一連のデマと詐欺事件には全く関与していませんでしたが、結果、犯罪の原因となるようなくだらない作り話を書いて出版し、人々の心を狂わせ惑《まど》わせたという罪で、元禄七年三月二十六日、伊豆の大島へ島流しとなりました。
出版者の弥吉と言う者は江戸追放処分となり、『鹿の巻筆』の版木は焼却処分となりました。
武左衛門は六年間、伊豆大島に閉じ込められていましたが、元禄十二年四月に許されて江戸に帰ることができました。
しかし、武左衛門は身も心もボロボロになっており、元禄十二年八月に五十一歳で亡くなりました。
【解説】
江戸時代の資料はちゃんと調査してないんですけど、とりあえず、戸田茂睡の『御当代記』巻四を見てみたら、ちゃんと次のように、筑紫園衛門のことが書かれていました。
「一、三月十二日、浪人筑紫園衛門、此の者、去年夏中、馬物を申す由《よし》、虚説申し出し、其の上 流行《はや》り煩《わづら》ひ除《よ》けの札《ふだ》、并びに藥の方組《はうぐみ》を作り、實無き事を書き付け、流布《るふ》致し、重々不届きに付きて、江戸中引き渡し、斬罪に申し付けるもの也、此の書き付け、加藤佐渡守殿より御触れ也」
戸田茂睡全集 - 国立国会図書館デジタルコレクション
ソロリコロリがどんな病気なのかはわからないのですが、たぶん、最初は「ソロリ」と「風邪かな?」程度だったのが、急変して「コロリ」と逝ってしまう病気なのでしょう。
まあ、この病気自体デマなんですけど。
おそらく浪人が本を書いて、八百屋が南天と梅干しを高く売るというコンビネーションだったんでしょうねえ。
南天の実と梅干しの価格が二十倍ですって!
いつの時代にも同じようなことを考える奴はいるんですねえ。。。
前回のアマビエも、瓦版を売るためのゴニョゴニョヾ(๑╹◡╹)ノ"
『筆禍史』に、筑紫園衛門が受けた刑罰の市中引き回し[町中引廻]と斬首、武左衛門が受けた島流し[遠嶋]の絵があったので、参考までに掲示しておきますね。
それにしても、一番の被害者は、単なるとばっちりで島流しになって、命まで落としてしまった鹿野武左衛門さん。。。
ちなみに、出版停止となったはずの『鹿の巻筆』は、正徳六[一七一六]年に何事もなかったかのように再版されています。
あ、『鹿の巻筆』の当該のお話は、前に取り上げましたので、よろしければ過去記事をご覧くださいませ。
kihiminhamame.hatenablog.com
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